サッカーの話をしよう

No.476 アルゼンチンサッカーの危機(ユース育成と栄養)

 北欧のフィンランドで行われているU−17(17歳以下)世界選手権が、きょう準決勝を迎える。ベスト4に残っているのは、ヨーロッパから唯一生き残ったスペインと、ブラジル、アルゼンチン、コロンビアの南米勢3チームである。
 このうちアルゼンチンは、前回、2001年にトリニダードトバゴで行われた大会でも4位にはいっている。17歳以下だけでなく、20歳以下の世界選手権でも、最近のアルゼンチンは常に優勝を争う活躍を見せている。そしてそうした活躍のなかから、続々と若いタレントが世界へと飛び出している。
 ところが、そのアルゼンチンのユース・サッカーが危機に瀕していると、長くアルゼンチンでサッカー記者を務めている英国生まれのエリック・ウエイル氏が、近着の「ワールド・サッカー」誌(英国)で報告している。

 アルゼンチンのユース・サッカーの基盤はクラブである。リバープレートやボカ・ジュニアーズなどの大きなクラブになると、10歳から18歳まで、年齢ごとのユースチームをもっており、それぞれのチームに専属の監督、コーチ、トレーナーがついて指導に当たっている。
 リバープレートはクラブ内に学校も備えており、合宿所に住んでクラブの学校に通っているユース選手も多い。しかし小さなクラブではユース育成にそれほど大きな投資をすることができない。親元から通える範囲の少年たちを集めて育てているのだが、最近、重大な問題が発生していると、ウエイル氏は書く。
 原因は経済破綻による貧困の激化だ。この国の14歳以下の少年570万人のうち実に70パーセントにあたる400万もの少年が生活苦の家庭の子供で、栄養が十分でないというのだ。1日1食で生活している子供も少なくない。

 少年たちは成功への唯一の道がサッカーだと思い、一生懸命練習に通う。しかし空腹のまま練習するから、すぐに疲れてしまうし、ときには、練習中に気を失って倒れる子までいる。栄養不足で体が小さい上に、骨格や筋肉がしっかりとしていないから、ケガしやすく、治りにくい。
 大きなクラブは、練習前に食事させ、練習後も、サンドイッチや果物を持ち帰らせる。しかし小さなクラブにはそんな余裕はない。しかも、栄養補助のための食料を与えても、もらった選手は、家に帰ってそれを家族みんなで分けてしまう。
 「12歳ぐらいまで栄養不足のまま過ごすと、体の基礎づくりが終わってしまうので、それ以降に取り戻そうとしても難しい」と、あるプロ・クラブのチーム・ドクターは語る。このままでいくと、アルゼンチンから生まれるサッカーのタレントが先細りになるのは明白だという。

 幸せなことに、日本ではこんなことはない。1日1食しか取れない子供など、まずいない。
 しかしそれだけに、ただおいしいもの、好きなものだけを食べさせ、子供が取るべき栄養について十分に考えていない家庭がずいぶんあるのではないか。体をつくる重要な時期に、必要な栄養が欠けた食生活を送っている子供が少なくないのではないか。
 日本サッカー協会は、幼稚園児の年代からスポーツに取り組むことが将来の名選手を生むと、幼児のサッカー普及に力を入れ始めた。それなら同時に、子供たちやその両親に、どういうものをどう食べる必要があるか、どういうものは発育に悪いのか、しっかりとした栄養や体づくりに関する教育も必要だ。
 ジャンクフードやスナック菓子で腹を満たしている子供が、将来、立派な選手になり、ワールドカップでゴールを決められるわけがない。
 
(2003年8月27日)
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1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

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