サッカーの話をしよう

No.467 日本人記者のディシプリン

 フランスで行われているFIFAコンフェデレーションズ・カップには、日本からたくさんの記者がきている。新聞社や通信社の特派員もいれば、私のように、フリーランスとして、仕事を請け負って来ている者もいる。総勢60数人。もちろん、地元フランスを除くと、最大の取材陣だ。
 6月20日にサンテチエンヌで行われたフランス戦で、日本の記者たちは大きな問題に直面した。監督や選手たちの話を聞くための「ミックス・ゾーン」のチケットがまるで足りなかったのだ。
 少し説明をする。以前の国際大会では、試合が終わると大きな会議室で記者会見が行われた。大会のIDをもつ記者なら、誰でもそこで話を聞き、質問することができた。
 しかし最近の大会では、「ミックス・ゾーン」と呼ばれるスペースで個々に取材する。柵で区切られた一種の通路で、そこを通って帰っていく監督や選手をつかまえて話を聞くというシステムだ。ただスペースに限りがあるので、記者IDのほかに、「ミックス・ゾーン・チケット」が必要になる。それが、フランス戦では、日本の記者全員に対して8枚しか配られなかったのだ。
 日本サッカー協会の広報担当者の協力を得て、私たちは代表をたてて主催者側と交渉した。しかしらちがあかなかった。全体で70枚用意されたというチケット。通常なら、国際的な通信社などに10枚ほど用意し、残りを対戦国のメディアで折半する。日本に30枚はあっていいはずだ。しかし長時間の交渉の末、新たに出てきたのは、わずか3枚だった。
 取材活動のなかで、試合後に監督や選手から話を聞くのは、とても重要な仕事だ。それができなければ、仕事にならない役割の記者も多い。
 私たちは、新聞社や通信社で構成される「記者クラブ」とフリーランスの代表者が話し合い、新たに出てきた3枚の配分方法を考えた。
 この時点で、新聞は15社中5社、フリーランスは30人中3人しかチケットをもっていなかった。新たに追加された3枚は、そっくり記者クラブが使用することにした。試合後に数枚追加される可能性があるとの話だったので、それはフリーランスに回すことにした。
 フリーランスの間では、もしその数枚が入手できたら誰を入れるか、試合前に話し合いが行われ、まるでPK戦のキッカーのように、目端のきく記者が5人、順番をつけられて選ばれた。彼らは、本当に、PK戦前の選手のような緊張した表情をしていた。
 ミックス・ゾーンで聞いてきた話は、記者クラブ、フリーランスの区別なく、「プール」にすることにした。はいれなかった記者にすべての内容を伝えるという形だ。
 本来なら、自分の取材内容を他の取材者に教えることなどありあえない。外国の記者なら、自分の権利を主張して、大声でわめきまくっていただろう。しかし日本の取材陣にはそうした者はひとりもいなかった。全員が状況を理解し、自己主張を抑制していた。
 日本の取材陣の態度は、本当に立派だった。結局、試合後、次つぎとチケットが出てきて、かなり多くの記者がミックス・ゾーンにはいることができたのだが、それでもはいれなかった記者たちのために、記者室では、長時間にわたってコメントの交換が行われた。その真摯な態度には、心打たれるものがあった。
 こんな出来事は、「内輪話」であり、報道の対象にはならない。しかしファンを代表して取材に赴いている日本の取材陣が、見事な「ディシプリン(規律)」の持ち主であることは、すべてのファンに知っておいてほしい。彼らはみな、プロフェッショナルの責任感と誇りを備え、そして、見事な社会性の持ち主である。
 
(2003年6月25日)
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サッカーの話をしようについて

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