サッカーの話をしよう

No.462 レフェリーをもっと大事にしよう

 あるJリーグの試合前、ピッチ上に見慣れぬ光景があった。両チームが左右に分かれてアップしている中央を、黒いトレーニングウェア姿が3人、黙々と走っている。ハーフライン上を、ピッチを横切るように往復していたのは、この試合の担当レフェリーたちだった。
 Jリーグ・クラスの試合をするスタジアムには、たいてい、対戦する2チーム用に屋内のウォームアップスペースが設けられている。試合をするピッチ上に出てのアップが許されるのは20分間程度だから、その前に体を動かす場が必要なのだ。
 しかしほとんどの場合、レフェリーのためのウォームアップスペースは考慮されていない。以前は、Jリーグの試合前、競技場の廊下やアスファルト舗装された正面玄関前の広場でアップするレフェリーの姿をよく見かけた。

 現代のサッカーでは、レフェリーは1試合に1万メートルも走ると言われている。そのなかには全力のダッシュや急激な方向転換も含まれるから、相当な運動量になる。プレーヤーだけでなく、レフェリーも「アスリート」としての資質を強く求められている時代なのだ。良いパフォーマンスを見せるためには、しっかりとしたウォームアップが必要だ。
 3年前、オランダとベルギーで行われたヨーロッパ選手権で、レフェリーたちがピッチ上でウォームアップするのを初めて見た。そのときには、バックスタンド側のタッチライン沿いを、レフェリーたちはなんども往復していた。
 プレーヤーたちのピッチ上でのアップには、自分の肉体のコンディションを試合ができるように整えるだけでなく、ピッチの状態に慣れ、スタジアムがどんな雰囲気であるかを感じ取るという意味もある。レフェリーたちにとっても、そうした情報をインプットすることの重要性は変わらない。ヨーロッパ選手権でレフェリーたちのアップを見て、目から鱗が落ちる思いだった。

 この大会で、ヨーロッパ・サッカー連盟(UEFA)は、主審、副審合わせて総勢34人のレフェリーを、「17番目のチーム」と称した。ヨーロッパ選手権の出場は16チーム。そしてもうひとつ、「レフェリーズ」という名のチームが参加しているというのだ。
 ブリュッセル(ベルギー)郊外のホテルに設けられた本部には、専属ドクター、理学療法士、フィットネスコーチ、用具係、そして広報担当者までつき、万全の態勢でレフェリーたちを各試合に送り出した。このサポート体制がハイレベルなレフェリングをもたらしたのは言うまでもない。
 昨年のワールドカップのために新しくつくられたいくつかのスタジアムでは、両チーム用のほかに、レフェリー用の室内ウォームアップスペースを設けている。Jリーグが始まった当初には専用の更衣室もなく、小会議室のような部屋で着替えなければならない(当然、シャワーはない)スタジアムが多かったことを考えれば、大きな進歩だ。

 しかしUEFAの例と比べれば明らかなように、日本のサッカーのレフェリー・サポート体制は「万全」と呼ぶにはほど遠い。良いパフォーマンスの最も重要な要素は個々のレフェリーの日常的なコンディション管理だが、サポート体制の整備によってレフェリーたちの意欲も増し、相乗効果を生むに違いない。
 ひとつの国の代表チームやプレーヤーのレベルアップとレフェリーのレベルアップはけっして無関係ではない。むしろ、密接な関係があると言ってよい。レフェリーが意欲的に自分の役割に取り組めていない国のサッカーが強くなれるはずなどない。
 サッカー界のあらゆる側面で、レフェリーたちの置かれた状況を改善していく必要がある。
 
(2003年5月21日)
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1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

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