サッカーの話をしよう

No.461 走ることで自己変革したジェフ

 新緑のまぶしい松本(長野県)に行ってきた。5月10日に行われたJリーグ第8節、ジェフ市原対名古屋グランパスを取材するためだ。
 「アルウィン」という愛称の長野県松本平広域公園総合球技場は、2001年完成、2万人収容の競技場だ。昨年のワールドカップでは、大会前のパラグアイのキャンプ地になった。豪華ではないが、コンパクトで機能的。松本空港の滑走路の端に位置し、試合の途中にいちど、中型の旅客機が着陸するのが見えた。
 新宿から特急で3時間の松本は、名古屋からはわずか2時間。そのおかげで、この日は多くのグランパス・サポーターがスタンドを埋めた。
 さて、この日のお目当ては韓国代表FW崔龍洙の活躍で首位に立ったジェフだ。今季就任したイビチャ・オシム監督がチームをどう変え、どんなサッカーをしているのか、そこが見たかった。

 立ち上がりはグランパスが勢い良く攻め込んだが、すぐにジェフがペースをつかんだ。ちょっとしたスキをつかれて先制点を許しながら、前半42分にMF阿部勇樹が見事な同点ゴールを決めた。
 中盤でボールを受けた阿部が前線のFWサンドロにパス、サンドロがボールをキープしてDFミリノビッチに戻したとき、阿部は相手ペナルティーエリアに近づいていた。鋭い縦パス。阿部は少し浮かせてコントロールし、そのままゴールに叩き込んだ。
 シュートに至る阿部のコントロールもきれいだったが、それ以上に感心したのは、パスを出した阿部が足を止めずに走り続けたことだった。
 そうしたプレーは、いたるところで見られた。阿部とボランチを組む佐藤勇人はそのシンボルだ。とにかく走る。激しいタックルでボールを奪った次のシーンでは、相手ゴール前に現れ、DFと競り合っている。

 昨年までは、FKやCKのとき以外はほとんど守備専門だったストッパーの茶野隆行や斎藤大輔も、前にスペースがあったら、まるでマラドーナのようなドリブルを見せ、パスをさばいてさらに上がっていく。とにかく、守備でも攻撃でも、プレーをした後に足を止めてしまう選手などジェフにはひとりもいない。
 その効果は、相手にプレッシャーをかけるとか、攻撃の人数を増やすなどにとどまらない。選手1人ひとりの自主的で意欲的なプレーが、そこから生み出されている。
 これまで、どちらかといえばおとなしい選手が多かったジェフ。しかし今季は、ピッチに出ている選手11人が、チームのためにプレーするなかで、それぞれに「自分」というものを思いっきり表現しているのだ。
 オシム監督は、シーズン前のキャンプで周囲が驚くほど選手たちを走らせ、シーズンにはいっても1日2回の練習をしているという。その猛練習が「走る」力を支え、走って試合に勝つことで選手たちは内面から大きく変わった。

 松本でのグランパス戦は、後半、自慢の足が止まり、グランパスの交代選手FW原竜太に鮮やかなゴールを決められて1−2で敗れた。
 「うちの選手はこれまでよく走ってきたが、そろそろ走りきれない時期にきているのかもしれない」
 と、試合後、オシム監督は選手たちをかばった。「リフレッシュが必要かもしれない」とも語った。
 「では、選手を休ませるのか、1日の練習量を減らすのか」と質問が出た。すると、オシム監督はこう答えた。
 「いや、休みはない。もっともっと練習する」
 ジェフの選手たちは、その練習を嫌がらないだろう。むしろ楽しみにしているだろう。これほど楽しくサッカーができるのは、生まれて初めてに違いないからだ。
 
(2003年5月14日)
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