サッカーの話をしよう

No.460 36チームワールドカップの愚

 「For the Good of the Game(サッカーの利益のために)」。 これがその組織のモットーのはずだった。
 国際サッカー連盟(FIFA)とは、本来、アジアやヨーロッパなど6つの「地域連盟」間の利害を調整するための組織ではない。どのようにサッカーがプレーされ、大会が運営されれば、この競技が選手やファンの喜び、そして人類の幸福につながるか、個々の利害を超越して考えるのが使命のはずだ。しかし組織の最高意思決定機関である理事会は、そんなことには一向にお構いなしのようだ。
 5月3日、FIFA理事会は、2006年ワールドカップ・ドイツ大会の出場国を現行の32から4チーム増やして36にすることを原則として承認した。

 同理事会は、昨年12月に2006年大会の地域連盟別配分を決めた。その際に、前回の「4・5枠」から「4枠」に減らされた南米サッカー連盟が猛烈に反発し、増枠を求めたが認められなかった。
 そこで考案されたのが、「36チーム案」だった。南米を「5枠」にするだけでなく、ヨーロッパ、アジア、北中米カリブ海の各地区の枠も増やすという提案に、5月3日の理事会では反対意見がほとんど出なかったという。
 しかしその前日に行われたFIFAの「フットボール委員会」では、大多数の委員が反対だったという。FIFA理事でもあるミシェル・プラティニ(フランス)、ワールドカップ・ドイツ大会の地元組織委員会委員長であるフランツ・ベッケンバウアーなど、26人の元選手を中心とする委員会である。
 36チームだと、1次リーグは4チームずつ9グループになる。決勝トーナメントはベスト16からなので、各グループ2チームずつ、計18チームなら、2試合の「予備戦」が必要になる。あるいは、2つのグループからは1位のチームしか上がれない形だろうか。

 現在のワールドカップは、大会期間1カ月、1チームあたり最多で7試合で行われている。世界のサッカーのスケジュールや選手の負担を考えれば、これが限界だ。その「枠組み」を考えれば、36チーム制は無理がある。フットボール委員会の結論は、そうした「サッカーの利益」が優先されたものだった。
 ワールドカップには、82年に16から24へ、そして98年に24から32へと出場チームを増やしてきた歴史がある。前者はFIFA加盟国の激増に対処したもので、後者は「1次リーグ突破」をすっきりと各グループ2チームにするプラス面をもち、しかも大会日程の長期化や1チームあたりの試合数を増やすなどの弊害もなかった。しかし「36チーム制」には、地域連盟のエゴ以外、何の意味もない。

 「9つのグループ2位のうち2チームが決勝トーナメントに進めない形であれば、最終日が後になるグループで談合試合が行われる恐れがある」と、ベッケンバウアーは警告する。24チーム制の時代には、たしかにそうした疑惑の試合があった。
 5月3日の理事会は、「サッカーの利益」を念頭に置いた判断ではなく、どの地域連盟も枠を減らされないことや南米への同情論ばかりが支配してしまったようだ。
 「36チーム案」の受け容れは、理事会自らが、出場枠配分が間違っていたと認めたのと同じだ。それなら、昨年12月の時点に戻って、配分を再検討するのが筋ではないか。どこかの枠を減らす痛みを避けるための36チーム制は絶対に間違っている。
 理事会は、これから検討される具体的な大会開催案をもとに、6月開催予定の理事会で最終結論を出すという。そこで正気を取り戻せなければ、大きな愚を犯すことになる。
 
(2003年5月7日)
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