サッカーの話をしよう

No.459 小学生から中学生まで

 選手登録しているクラブで、32年間も付けてきた背番号を譲り渡すことになった。このクラブの活動は日曜日だけなのに、この10数年間というもの、日曜日の大半は女子チームの監督業にあてていたのだから仕方がない。
 しかも、背番号を譲り渡した相手がチームメートの長男である。赤ん坊のときから知っているうえに、小学生のころには何度もいっしょにプレーした。はにかみ屋の小さな少年が、いつの間にか大人になり、父親と同じクラブに加わるに当たって「大住さんの背番号がほしい」と言う。こんな話は断れない。
 もっとも、プレーにあこがれてのことかと思ったのは私だけで、彼の好きな番号が、たまたま私が付けていたものだったようだ。
 私が所属している男子チームの練習(といっても、つい最近まで、ひたすらミニゲームをするだけだったが...)には、よく「ジュニア」が混ざっている。本人さえいやがらなければ、小学校に上がったころからゲームに入れてしまう。最初は何もできないが、2、3年してある日気づくと、正確にパスを出したり、相手の逆をとってすいすいと抜いていったりする。
 30年ほど前、大学生時代にコーチをしていたサッカースクールは、「生徒」の総勢が30数人の小所帯で、コーチは私を含めてふたりきりだった。小学校1年生から中学生までを2チームに分けて指導を担当した。そして週いちどの練習の後半は、コーチも含め全員を2組に分けてゲームをするのが常だった。
 中学生たち(なかには後に日本リーグで活躍した選手もいた)は不満だったかもしれない。しかし小さな子にやさしいパスを出しながら、時おり強烈なシュートを見せて、小学生たちが上げる驚きの声と尊敬のまなざしに、けっこう満足そうな顔をしていた。
 小学校低学年の子供たちは、適当に試合にはいり、飽きると砂場で遊び、また戻ってきてはボールを追いかけた。しかし中学年になると、もう負けてはいない。相手が中学生でも、ボールを取ろうと、必死に食らいついていった。
 「スクール」とはいっても、ほとんど遊びだった。小所帯だったから、年齢差が大きくても全員で試合をするしかなかった。ふたりの大学生コーチに、確固たる理論や信念があってのことではなかった。ただ、日曜朝の時間を、みんなで楽しく元気に過ごしたかっただけだ。
 しかしその遊びを数年続けていると、子供たちはいつの間にか自分自身のテクニックを身につけ、他人から強制されるわけではなく自主的にゲームに加わって、個性を生かしたプレーをするようになっていった。
 小さな子たちは、自然に、ゆっくりと、「サッカー」というものを頭と体にしみ込ませた。大きな子たちにとっても、小さなチームメートに合わせるパスで微妙なタッチを身に付けるなど、プラスの面がたくさんあったのだろう。ずいぶん後になってから、そんなことを考えた。
 幼児期からの英才教育もいい。小学生を対象にした質の高い練習メニューも大切だ。しかしサッカーに取り組む圧倒的多数の少年たちに必要なのは、何よりも、年齢も体の大きさも、人数も場所の広さも関係なく、ひたすらゴールを目指してプレーする「遊び」の場と時間ではないか。
 スクールのゲームはいつも1チームが15人以上だった。私のクラブのミニゲームは、狭い場所で、ときには30人あまりが入り乱れて1個のボールに戯れ、そこに大人の腰ぐらいの背丈の小学生が混じっていたりする。
 そうした「遊び」のなかで育まれるものの価値を、もっと見直す必要があるのではないだろうか。

(2003年4月30日)
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1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

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