サッカーの話をしよう

No.427 ボールを大事に

 学校開放で中学校の校庭や体育館を使うとき、部活動に使った用具が出しっぱなしで驚くことがある。最も多いのは、各種のボールやバドミントンのシャトルなどの類だ。
 ある学校の校庭では、サッカーの練習前に軟式野球のボールを十数個も拾ったことがある。隅の草むらに隠れていたわけではない。そのへんに落ちているのだ。危ないので拾い集めていたら、そんなに多くなってしまった。
 校庭にサッカーボールが何個も落ちていた学校もあった。これも隠れていたわけではない。ゴールの脇に放置されていたのだ。
 私のクラブのボール管理は厳格だ。練習や試合が終わって1個でも足りないと、疲れた体に鞭打って、見つかるまで全員で探し回る。

 ボールは原則としてクラブ所有だが、あちこちのグラウンドを借り歩いて練習や試合をしているので、各選手に1個ずつ割り当て、毎回それをもってきて練習をするというシステムにしている。それぞれのボールには、クラブ名と各自の背番号が書いてあるので、誰の管理下のボールが足りないのか、すぐにわかる。
 ボールなど、買おうと思えばいつでも買える。公式戦の使用球が人工皮革のものになった80年代以降、安価なものでも変形はなくなったし、耐久性もある。いまの日本には、「ボールがないから練習ができない」などというチームはないだろう。
 かつては、サッカーボールは貴重品だった。高価だったし、手入れが悪いとすぐに変形した。2、3個のボールで全員が練習しなければならないチームも珍しくはなかった。そういう時代には、ボールは非常に大事にされた。
 しかしボールが豊富になるのに反比例するように、ボールを大事にする気持ちは忘れ去られてしまったようだ。誰もいない校庭の隅にボールが転がっているのを見ると、「何か足りない」と感じずにはいられない。

 5月29日にソウルで行われた国際サッカー連盟(FIFA)の総会で、すばらしいプロジェクトが発表された。ワールドカップ使用球のメーカーであるアディダス社(ドイツ)が、世界各地のサッカーの発展を助けるFIFAの事業のために、大会使用球と同じデザインのサッカーボールを10万個も寄付することになったというのだ。
 世界中には、代表チームの練習ボールにさえ困窮しているサッカー協会がたくさんある。そういう国では、子供たちが本物のサッカーボールに触れる機会などほとんどないといってよい。
 FIFAの計画では、50カ国に毎年500個ずつ、4年間にわたってボールが供給されることになる。これらのボールは、少年少女を対象にしたクリニックで使われ、また、学校に1個ずつ配布されることになるという。

 ボールは、サッカーでは唯一、欠くことのできない用具だ。シューズがなければ裸足で、ゴールがなければ何かを代用して、サッカーを楽しむことができる。しかしボールがなければ、誰もサッカーをすることができない。
 「名選手」と言われる人々の話を聞くと、例外なくボールを「かわいがって」きたことがわかる。1回1回のキックにいろいろな工夫をし、どうしたらまっすぐ飛ぶのか、またどうしたら思いどおりに曲がるのかなど、ボールと対話するように練習した時期があったという。
 ボールを大事にする人々は、ボールからも愛され、やがて意のままにボールを操ってプレーができるようになる。
 練習後のゴール脇にボールが2個も3個も放置されたままになっているような状況からは、サッカーの成長も望めない。もっとボールを大事にする指導が必要だと思う。
 
(2002年8月28日)
クリエイティブ・コモンズ・ライセンス

サッカーの話をしようについて

1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

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