サッカーの話をしよう

No.425 ヨーロッパ・サッカーの危機

 ワールドカップ後のヨーロッパ・サッカーが湿っぽい。
 続々と新シーズンが開幕しているヨーロッパ。昨年は80億円という信じがたい移籍金でのジダン(フランス)の移籍(イタリアのユベントスからスペインのレアル・マドリード)など、数十億円規模の移籍が乱発されたが、今夏はそうした話はほんのわずかしか聞かない。逆に、不景気な話が横行している。
 イタリアの名門、つい数年前までセリエAの優勝争いに加わっていた「フィオレンチナ」が解散を余儀なくされた。昨シーズン、18チーム中17位に終わってセリエBへの降格が決まっていたフィオレンチナだったが、約25億円といわれる累積債務を処理することができず、プロリーグへの出場資格を失ったのだ。フィレンツェ市は、新しいクラブを立ち上げ、セリエC2(4部)からの再スタートを図ることにしたという。

 オーストリアでは、チャンピオンクラブのFCチロル・インスブルックの破産と、地域リーグへの降格が伝えられている。こちらも30億円近い負債を精算することができず、小さなクラブと合併しての再スタートとなった。
 イングランドでは、マンチェスター・ユナイテッドやアーセナルがクラブグッズの売り上げなどで強い資金力を維持している。しかしイタリアやスペインのビッグクラブは軒並み大きな負債をかかえている。90年代なかばからのヨーロッパ・サッカーの「バブル」は完全にはじけた形だ。ある試算によると、ヨーロッパのサッカークラブがかかえる負債の総額は約2000億円にものぼるという。
 なぜそんなことになってしまったのか。理由は明らかだ。テレビからの資金流入が下降線にはいったからだ。

 2002年と2006年両ワールドカップの全世界的な放映権をもち、ドイツ国内のサッカーの資金供給源でもあったメディアグループ「キルヒ」が倒産した。イングランドでは、プレミアリーグの下に当たる「フットボールリーグ」に資金を流し込んでいた「ITVデジタル」が経営破たんし、リーグ所属の70を超すクラブが経営パニックに陥っている。
 90年代のなかばから巨大な資金が流れ込んだのは、デジタル多チャンネル化に伴うテレビ界の生き残り競争の切り札としてサッカーが取り上げられたからだった。その競争にカタがつけば、やがてそうした資金が引き上げられていくのは明白なことだった。
 しかしクラブ経営者たちはバブルの夢から覚めることができずに浪費を続けてきた。そして気がついたら借金まみれというのが、現在のヨーロッパといえるだろう。

 これからは、「生き残り競争」の時代になる。すでにヨーロッパ内だけで1000人ものプロサッカー選手が職を失い、所属クラブを求めてさまよっている。そのなかには、ほんの少し前までバイエルン・ミュンヘンとドイツ代表の中核だったシュテファン・エフェンベルクのような選手もいるというから驚く。
 ルーマニア代表は、ヨーロッパ選手権予選に備える大事な親善試合でふたりの中心選手をチームから外さざるをえなかった。そのふたりは所属クラブがないからだ。どこかのクラブに登録されていなければ、もはや「サッカー選手」ではないのだ。
 こうしたヨーロッパの現状が私たちに与える教訓は明確だ。テレビやスポンサーなど、外部からの資金に頼りすぎてはいけない。サッカークラブの生命線は、あくまで入場料を払ってスタジアムにきてくれるファンである。そのファンとの絆を大事にすること、そしてその数を増やしていくことだけが、サッカークラブを健全に運営していく唯一の道なのだ。
 
(2002年8月14日)
クリエイティブ・コモンズ・ライセンス

サッカーの話をしようについて

1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

アーカイブ

1993年の記事

→4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

1994年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

1995年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

1996年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

1997年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

1998年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

1999年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2000年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2001年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2002年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2003年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2004年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →9月 →10月 →11月 →12月

2005年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2006年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2007年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2008年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2009年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2010年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2011年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2012年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2013年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2014年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2015年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2016年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2017年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2018年の記事

→1月 →2月 →3月