サッカーの話をしよう

No.417 心に残る韓国の笑顔

 ワールドカップも日程の3分の2、試合数にすると全64試合のうち8割以上の56試合を終えた。残りはわずか8試合。日本では4試合だけである。日本国内の10会場のうち、すでに6会場が全日程を消化してその役割を終えた。
 外国からきている取材陣に話を聞くと、日本の大会運営の評判は悪くない。「とてもいいオーガニゼーションだ」と言ってくれる人も少なくない。
 しかし、「韓国のほうがよかった」という話を、たくさんの日本取材陣から聞いた。「とにかく親切で、感じがよかった」というのだ。
 ワールドカップの規模、大会の広がりから見ると、ひとりが体験できる範囲など、たかが知れている。それぞれの狭い経験からいろいろな印象をもつのだから、ある人が「すばらしかった」と感じ、別の人が「ひどかった」と思っても不思議ではない。しかし韓国の各会場で、あるいは町なかで、人びとがとても親切だったのは、私も強く感じた。

 共通するのは「笑顔」である。スタジアムの周辺で道を聞くとき、メディアセンターで案内を受けるとき、韓国の人びとは、まず笑顔をつくり、親身に、ていねいに教えてくれる。ボランティア・スタッフはもちろん、警備会社の人びとや警官まで、親切そうな笑顔を浮かべた。
 結局、道がわからないときがある。問題が解決できないときもある。運営上の不手際もある。しかし笑顔で対応し、一生懸命に相手の力になろうとしている人に対すると、結果などどうでもいいとさえ思ってしまう。
 一方、日本の会場では、ボランティアを含む運営スタッフは、職務には忠実なのだが、相手の身になって考えるという、重要な基本が忘れられてしまっているのではないかと思わざるをえない場面になんども出くわした。

 「報道陣というのは悪いことをするものだと思い込んでいるんですよ」
 あるカメラマンが、こんな不満をもらした。
 「あれはだめ、これはだめというばかりで、その禁止事項に違反している者がいないか、常に見張られている。感じ悪いですよ」
 一般の観戦客がどのような思いをしているのか、毎日試合を追いかけて飛び回っている身としては、なかなか話を聞く機会がない。しかし報道陣と同じように、見張り役ばかり目について、本当に観客の助けになろうとしている人が少なければ、「感じ」がいいわけはない。
 私の印象では、日本でも、ボランティア・スタッフはおおむね親切で感じがいい。しかし警備スタッフなど有給で働いている人びとに、「観客や来場者の助けになろう」という意識が低いように思う。自分たちはワールドカップというサッカーのお祭りの「ホスト」役であるという認識と、このお祭りをフルに楽しんでもらおうという意識がとても低いように思う。おそらく、まじめすぎるのだろう。

 残り4試合。残された試合会場は、静岡、大阪、埼玉、そして横浜。しかし横浜の国際メディアセンター、駅や空港の案内など、スタジアム以外にもいくつもの重要なポイントが残されている。
 私の期待は、それらの場所で働く人びとが、ありったけの笑顔をふるまってくれることだ。大会の終盤、みんな疲れがたまっている。準々決勝から決勝戦まで、見逃すことのできない試合が続くのだから、殺気立った雰囲気になるかもしれない。そうしたときに心からの笑顔を見せてくれる人たちがいれば、大きな救いになる。
 残り10日間。いま言いたいのはこれだけだ。
 「がんばれ、日本の運営スタッフ! あなたたちの笑顔が、稲本や鈴木のゴールに負けない意味をもっている」
 
(2002年6月19日)
クリエイティブ・コモンズ・ライセンス

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1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

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