サッカーの話をしよう

No.415 JAWOCは自らの手でチケット販売を

 6月2日、釜山のホテルで目覚めてテレビをつけると、NHK・BS放送のニュースが飛び込んできた。
 「きょうさいたま市で行われるイングランド対スウェーデンの入場券が、2600枚インターネットで販売されている」というニュースだった。
 イングランドの大会初戦とあって、日本で行われる1次リーグ24試合中屈指の人気カード。当然、入場券は完売のはずだった。
 ところが、国際サッカー連盟(FIFA)と契約して海外販売分を担当してきたバイロム社(イギリス)に、売れ残り分がまだあった。日本組織委員会(JAWOC)は、混乱を避けるために「入場券の当日販売はしない」という取り決めをFIFAとかわしていたのだが、バイロム社は6月1日から当日販売をしていた。完全に約束違反だ。それを知ったJAWOCは、長い議論の末、「ひとりでも多くの人が観戦できるなら」と、追認し、併せてメディアに情報を流したのだという。

 しかし朝刊で朝6時にこのニュースを知った人がインターネットでバイロム社が運営するチケットセンターにアクセスしようとしても、まったくつながらなかったという。なかには、12時間も格闘して、結局つながらなかったという話もあった。
 運良く購入できた人は、国内12カ所でバイロム社が運営する「チケッティングセンター」へ出向いてチケットを受け取った。しかし正確に何枚売られたのか、バイロム社あるいはFIFAからは何の発表もない。
 4年前のフランス大会では、日本の旅行社が大がかりな詐欺にあい、数万人のファンが応援ツアーの申し込みをしながらチケットを入手できないという被害にあった。日本サッカー史上最大の悲劇だった。多くの人の心に、一生消えることのない悲しみを残した。

 そうした悲劇を繰り返してはならないと、FIFAと日韓の組織委員会は入念な計画を練ったはずだ。しかし海外販売分とともに、チケットそのものの印刷を担当したバイロム社の無責任な仕事ぶりが、昨年来、世界中で大きなトラブルを巻き起こしてきた。
 JAWOCは3日に、売れ残った4日以降の3試合分のチケットについて、電話販売で受け付けることを決めた。しかし電話やインターネットの受け付けでは、申し込むのに何時間も、ときには十数時間もかけ続けなければならない。JAWOCに求められるのは、より人間的な対応だ。
 試合の2日前までに売れ残りがあったら、そこで海外向けあるいは全国的な販売を打ち切り、JAWOCの責任で試合前日に試合開催地で先着順、または抽選で「地元販売」に切り替えるべきだ。
 昨年秋の「第2次販売」のときには、3日間、毎日8時間も電話をかけたがつながらなかったという人がたくさんいた。さらに、ことしにはいっての第3次販売では、予備抽選で当選して数十万円もの代金を支払わせられながら、落選してひどく落胆した人も少なくなかった。

 すべては、JAWOCが、どこかの立派なビルのなかにいて、自分たちだけは安全に、そして確実に入場券を売り、購入するファンの気持ちや苦労などまったく顧みない結果だった。
 JAWOCは、日本のファンとワールドカップをつなぐ唯一の公的な組織である。もうFIFAやバイロム社に振り回されている場合ではない。余っている入場券があるなら、責任をもって彼らから取り上げ、事務総長が自ら先頭にたち、自らの手で直接ファンに売るという潔さ、ファンとの連帯を見せなければならない。
 ワールドカップは始まり、宝物のような試合が一日ごとに過ぎ去っていく。悠長なことをしている時間はない。
 
(2002年6月5日)
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1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

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