サッカーの話をしよう

No.402 スペシャル・レフェリー制度始まる

 「新しい立場になったことで、いい例を示さなければならないと、強い責任感を感じました」
 3月2日、10シーズン目のJリーグが開幕した。その第1節目の最初の試合、「FC東京対鹿島アントラーズ」を担当したのが岡田正義主審。日本サッカー協会が導入を決めたばかりの「スペシャル審判員(SR)」になった人だ。
 この夜の「ジュビロ磐田対名古屋グランパス」は、もうひとりのSRである上川徹主審が笛を吹いた。
 東京スタジアムでの試合後、岡田主審はいつもどおりのていねいな口調で話した。
 「リーグの開幕戦ということで、きょうの笛がシーズンを通じての判定の基準になります。自信をもってやらなければならないと考えて臨みました」

 口調は静かだったが、その表情には、「ベストを尽くした」という充実感とともに、これまでになかった自信と落ち着きが感じられた。
 「SR制度」は、トップクラスの審判員のレベルアップを図って導入された制度だ。実力も実績もある岡田氏と上川氏がそのパイオニアとして、3月1日に日本協会と契約を結んだ。
 他に仕事をもっていてもいいが、週2、3日はトレーニングと研修で拘束され、さらに1日を試合のために使うことになる。月に40万円の「基本給」とともに、Jリーグでは1試合20万円の報酬を受け取る(SR以外の主審手当ては1試合12万円)。
 実質的な「プロ化」といってよいが、日本協会はあえて「プロ」という表現を避け、「SR」とした。制度自体がまだ固まっておらず、「動きながら検討していく」(日本協会・小川佳実審判部長)状態でのスタートだったからだ。

 今回SR契約をしたふたりの「特殊状況」もある。ふたりとも審判活動をスムーズにするために転職し、最近まで岡田氏がJリーグ事務局、上川氏が日本サッカー協会事務局のフルタイムの職員だった。SR契約後も、それぞれの組織に籍は残すという配慮を受けることができた。
 他のJリーグ審判員は、公務員、とくに学校の先生が多い。将来の保証もないまま、50歳で「定年」を迎えるJリーグの審判員に専念することは簡単ではない。
 具体的なトレーニングや研修のプラン、負傷や故障のときの補償など、まだまだこれから検討しなければならない課題が山積している。まったくの準備不足で「見切り発車」した背景には、ことしのワールドカップに出場する上川氏を、できる限りいい状態で送り出し、こちらも念願の「決勝トーナメント主審」を狙わせたいという考えもあったのだろう。

 3月2日に行われたJリーグの2試合では、ともに7枚ずつのイエローカードが出された。しかし両試合とも、選手たちはそれを素直に受け入れ、「荒れた」雰囲気にはならなかった。
 例年行われている各クラブへの「ルール講習」で、ことしはとくに、レッドカードになるケース、イエローカードになるケースの徹底がはかられたからだ。ビデオで実際のプレーを見せながらの講習により、選手たちも、なぜカードが出るかを理解するようになった。3月2日の試合では、岡田氏も上川氏も、まさにその基準どおりの判定をした。だからトラブルにはならなかったのだろう。
 しかしそれ以上に、このふたりが、「自分はSRだ。選手たちと同様、サッカーで生活していくんだ」という自覚をもち、強い意志とともに、冷静な判断を貫いたことが、選手たちにも影響を与え、信頼につながったように、私には感じられた。日本の審判員の新しい時代が始まったと、実感できた2試合だった。
 
(2002年3月6日)
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1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

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