サッカーの話をしよう

No.395 スタジアムの年 新潟が生み出したもの

 「スタジアムの年」だった。
 ことし、4万人以上の収容力をもつ巨大スタジアムが日本全国で実に9つも完成し、使用が始まった。
 そのうち7つは、ワールドカップの試合会場として建設あるいは改築されたものだ。札幌ドーム、カシマスタジアム、埼玉スタジアム2002、新潟スタジアム、静岡スタジアムエコパ、神戸ウイングスタジアム、そして大分ビッグアイ。ワールドカップ会場以外にも、東京スタジアムと豊田スタジアムが完成した。1万5000人規模から大増築したカシマ以外は、すべて新築である。日本は一挙にスタジアム大国となった。
 国際試合やJリーグを通じて、私は9つの新スタジアムすべてで試合を楽しむことができた。そのなかで私の「スタジアム・オブ・ザ・イヤー」はどこか、考えてみた。

 どのスタジアムもすばらしい。それが最大の感想だ。
 芝の根付き状態、アクセスの混乱など、使用し始めるとそれぞれに課題や問題が出た。しかし心配することはない。芝は2年目には改善されるはずだ。アクセスも、輸送機関や観客がコツをのみ込めば、次第にこなれていくだろう。
 それよりも、各スタジアムの見事さに心を奪われた。どのスタジアムも大きな屋根がつき、すわり心地がよい座席を備えている。デザインや機能など個性的な工夫もある。
 ピッチ、アクセスとも課題を残したが、埼玉スタジアムの完成度は世界でも一級品だ。ワールドカップ準決勝の会場にふさわしい。
 野球場としての使用が基本となる札幌ドームには疑問をもっていた。しかし北海道の気候条件を考えれば、ドーム型のスタジアムに天然芝のピッチを引き入れるという発想は正解だったように感じた。
 驚いたのは豊田スタジアムだ。急傾斜のスタンドは、サッカーの見やすさという面ではナンバーワンかもしれない。しかしそれ以上に、矢作川沿いに立つスタジアムの偉容が感動的だった。

 しかし私は、新潟スタジアムに注目したい。新潟市の鳥屋野潟のほとりに3月に完成、5月から使用が始まった。
 J2のアルビレックス新潟は、それまで市営の陸上競技場(収容1万8671人)を使用していたが、5月の京都戦で「こけら落とし」を行い、7月14日以降のホームゲームをすべて4万2300人の新潟スタジアムで開催した。
 「スタジアム効果」はすばらしかった。市営陸上競技場では1試合平均3815人だった観客数が、新潟スタジアムでは、なんと2万3999人にもなったのだ。J1昇格がかかった11月3日の京都戦は4万2011人。完全に満員となった。

 これまでプロのスポーツチームのなかった新潟。10年ほど前にワールドカップの会場候補地に決定したころ、「大会開催だけでは巨大スタジアムを建てる意味はない。スタジアムにふさわしいJリーグのクラブを育てよう」と計画され、「新潟イレブン」という北信越リーグ加盟のクラブチームを母体につくったのが、アルビレックスだった。
 苦闘しながら98年にJFLに昇格、99年に新設のJ2に加盟した。ことしは、反町康治新監督の下、しり上がりに成績を上げ、J1昇格へあと一歩に迫る健闘を見せた。「地元のチームを応援する」という新しい喜び、新しい文化を、アルビレックスは市民生活にもたらした。
 同時に、市民は大観衆の声援でチームを後押しした。巨大なスタジアムを埋めた大観衆の存在が、アルビレックスをようやく本物のプロにしたといっていいだろう。
 ワールドカップが日本で開催されてよかった----。新潟の状況を見ていると、心からそう思う。そしてその「核」こそ、新潟スタジアムだった。

(2001年12月26日)
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