サッカーの話をしよう

No.393 GK同士 ライバルがかけがえのない親友に

 「あっという間に読めますから、どうぞ」
 浦和レッズのマッチデー・プログラムの編集長として知られる埼玉新聞社の清尾淳さんから手渡された本は、教科書の副読本のような、薄くて小さな冊子だった。
 『浦和レッズのしゃべり場1 土田尚史×田北雄気 先発と控えの際(きわ)』。発行は、さいたま市のランドガレージという出版社。清尾さんが聞き手となって、レッズで長い間ライバル関係にあったふたりのGKの対談を収録したものだった。
 土田と田北は、Jリーグでも珍しい関係にあった。
 ともに1967年生まれ。大阪経済大を卒業した土田がレッズの前身である日本リーグの三菱にはいったのは89年。その4年目の92年に、東海大を出てNTT関東(現在の大宮アルディージャ)でプレーしていた田北が移籍してきた。

 ファイトあふれるプレーを身上とする土田、冷静な守備が売り物の田北。持ち味は対照的だったが、ともにレッズの頼りになる守護神だった。
 ある年にはどちらか一方が完全なレギュラーとして全試合に出場し、翌年にはそれが逆転し、さらに翌年にはちょうど半数ずつ出場した。
 通常、プロのクラブのGKは力関係が明確で、誰がレギュラーかはっきりしている。しかし土田と田北の場合にはともに正GKだった。サポーターにも「土田派」と「田北派」がいた。これほど強烈なライバル関係は、プロでもあまり例がない。そのふたりが、初めて(!)胸襟を開いて語り合ったのが、この本だった。
 現役時代には、チームメートでありながら、ほとんど話したことがなかった。それどころか、目も合わせなかった。ともに現役を退いたことし実現した対談は、ふたりの正直な告白が次から次へと出てくる。出場しているほうがミスをすると、もう一方は、他人に悟られないようにベンチでほくそえみ、「よし、次の試合はオレだ」と思った。相手のけがまでうれしかった。

 サッカーというチームゲームにおいて、GKほど特殊な立場はない。ひとつのチームにポジションはひとつしかない。フィールドプレーヤーなら他のポジションでプレーすることもできるが、GKの座はひとつだけだ。「ポジション争い」の意味が、フィールドプレーヤーとはまったく違う。「ライバル」同士の心理は、サッカーより個人競技のものに近いのかもしれない。
 ワールドカップを目指す日本代表でも、川口能活と楢崎正剛が強烈なライバル関係を続けている。4年前のフランス大会は川口が正GKで、楢崎は控えだった。1試合も出場できなかった。トルシエ監督時代になって楢崎が優先的に起用されてきたが、ことしの活躍で川口が抜き返した。
 そしてそこに、11月のイタリア戦で大活躍を見せた曽ヶ端準が猛烈な追い上げをかけている。コンフェデレーションズカップでブラジルを0点に抑えた都築龍太も、代表の有力候補だ。

 ワールドカップ決勝大会の登録選手は23人。GKはそのうち3人だ。その枠を目指す競争がある。さらに正GKの座を巡る争いがある。
 4人は、けっして仲のいい「お友だち」にはなれないだろう。表面的にはどんな表情をつくっても、腹の底では「こいつらには絶対に負けない」と、ライバル意識を燃やし続けるに違いない。
 土田と田北が普通に話せるようになったのは、土田がコーチ兼任となって実質的に現役を離れた昨年からだったという。その年、田北は自分の闘志を支えてきたのが土田であったことに気づき、以来かけがえのない親友になった。
 それでいい。日本代表候補の4人も、そんな関係になればいいと思う。

(2001年12月12日)
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