サッカーの話をしよう

No.392 ベルギー あなどれない無骨な伝統国

 ベルギー・サッカーの話をしよう。先週土曜の組分け抽選の結果、ワールドカップで日本の初戦のライバルと決まったチームである。
 ヨーロッパの中央に平坦で九州よりやや小さい国土をもち、約1000万人の人口をかかえるベルギー。ドーバー海峡をはさんで北西にブリテン島が広がっているせいか、世界で最も早くサッカーが伝わり、広まった国となった。
 イギリス人学校で1860年代に始められたサッカー。1878年には最初のクラブがつくられ、サッカー協会も1895年に協会された。イギリスの4協会を除けば、世界で最も古い協会だ。

 ヨーロッパ大陸におけるサッカーの先駆者として、1904年には、国際サッカー連盟(FIFA)創立の中心的役割をフランスとともに果たしている。今回のワールドカップで同じ組にはいった日本とロシアが「日露戦争」を戦っている真っ最中のことである。ちなみに、このときまだチュニジアという国はなく、フランスの植民地の一部だった。
 この1904年に、ベルギーは最初の国際試合を首都ブリュッセルで開催している。相手はフランス。3−3の引き分けだった。
 ただ、これだけ古いサッカー国でありながら、国際的なビッグタイトルには恵まれていない。1980年のヨーロッパ選手権で決勝に進出し、86年ワールドカップでは準決勝までコマを進めたのが最高の成績である。2000年にはオランダとの共同開催でヨーロッパ選手権のホスト国となったが、グループリーグで敗退という残念な成績に終わっている。

 隣国オランダとは、かつてひとつの国だった。現在も公用語としてフランス語とともにオランダ語の双方が使われている。しかし現在では、そのサッカーのスタイルは大きく違う。テクニシャンをそろえたオランダに対し、ベルギーのサッカーは、無骨で、力強さを前面に押し出したプレーをするのだ。
 ベルギーのサッカー史には、ときおり、飛びぬけたテクニシャンが出てチームをリードした。1970年代のポール・バンヒムスト、80年代のエンゾ・シーフォなどである。しかし私が見た最も印象的なベルギー代表は、無骨そのもののMFヤン・クーレマンスがリードした86年ワールドカップ・メキシコ大会のチームだった。
 グループリーグは1勝1分け1敗の3位。この大会では3位でも勝ち点次第で決勝トーナメントに進むことができたため、かろうじて生き残ったが、ベルギーに注目する人はほとんどいなかった。

 しかし決勝トーナメントにはいるとベルギーは勝負強さを発揮する。1回戦でソ連を延長戦の末4−3で下すと、準々決勝も延長に突入し、1−1の引き分けながら5−4でPK戦を制してスペインを退けた。準決勝はマラドーナに技巧的な2ゴールを喫して0−2でアルゼンチンに敗れ、フランスとの3位決定戦はまたも延長戦に突入し、最後は力尽きて2−4で敗れた。
 「ゴールデンゴール(Vゴール)」制ではなく、30分間の延長を最後まで戦った当時、ベルギーは丸々1試合分に当たる90分間を余計に戦わなければならなかった。3位決定戦まで7試合、1大会で計720分間ものプレーは、ワールドカップ最長記録である。
 メキシコ大会は猛暑の大会だった。そのなかで、華麗さなどかけらもなかったが、クーレマンスの驚異的な50メートル・ドリブルに引っぱられて戦い抜いたベルギーのがんばりは、感動的ですらあった。
 大きなタイトルはなくても、「赤い悪魔」とヨーロッパの各国から恐れられているベルギー。その伝統の力をあなどるのは間違いだろう。

(2001年12月5日)
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