サッカーの話をしよう

No.386 日本のネットにはゴールの感動がない

 「ゴールネット」に不満がある。
 サッカーで最もエキサイティングな瞬間である「ゴール」。しかし日本のスタジアムでは、無粋なゴールネットが感動を間の抜けたものにしてしまっているように思うのだ。
 「真っ白なゴールネット」の話から始めよう。最初に印象づけられたのは、中学生のときにテレビで見た66年ワールドカップの決勝戦だった。
 ロンドンのウェンブリー・スタジアム。延長終了直前、エネルギッシュなジェフ・ハーストが西ドイツの守備ラインを突破し、パワフルな左足シュートを放った。ボールはゴールの左上隅を破り、ゴールネットに突き刺さった。
 その20分前にハーストが決めた勝ち越し点は、クロスバーに当たって真下に落ちたものだった。本当にはいったのか、よくわからなかった。だから、真っ白なゴールネットを大きくふくらませ、力を失ってゴール内に落ちたボールは非常に印象的だった。

 日本では、90年代のはじめまでゴールネットは黒やうすい茶糸などが主流だった。白いネットもあったが、細いひもでつくられ、現在のように目立つものではなかった。真っ白な太いひもで編まれたものになったのは、91年に住友金属でプレーを始めたジーコの助言からだった。
 「サッカーはあのネットにボールを入れることを目指すスポーツなんだ。ネットを真っ白にして、ピッチ上のどこからでも目立つようにしなくてはいけない」
 ゴールネットに関する競技ルールの規定は、驚くほどあっさりとしている。
 「ネットをゴールとその後方のグラウンドに取り付けることができるが、それは適切に支えられ、ゴールキーパーの邪魔にならないようにする」
 これだけである。ネットの色どころか、奥行きや張り方に関する規定もない。

 以前、日本の多くの競技場では、「移動式」のゴールが使用されていた。ネットを張り、全体の構造を支えるためのゴール後方の支柱と、ゴールポストが一体となっている形だ。
 しかしこの形だと、シュートが後方の支柱に当たってピッチ内にはね返ることがある。誤審のもとになるので、現在は大半のスタジアムで「埋め込み式」のゴールが使用されている。ゴール本体はポストとバーで構成された部分だけ。ネットは、ゴールの後方に別に立てられた支柱から引っぱって張る方式だ。
 競技ルールにはないが、国際サッカー連盟(FIFA)発行の「スタジアム建設指針」には、この方式が推薦されている。いわば「世界標準」の方式といってよい。
 では、その何が無粋なのか。日本では、ネットをあまりに律儀に、きちんと張りすぎているのだ。後方に強い力で引っぱるだけでなく、下にも引っ張り、固定してある。だから強いシュートがはいると、ネットからはね返されてピッチ内に戻ってしまうのだ。

 もちろん誤審を招くようなはね返り方ではない。しかしボールがゴール内にとどまらないことで、ゴールの印象が薄くなるように思うのだ。
 当然、ボールが抜けないように「すそ」の部分は地面に固定しなければならない。しかしネットに余裕をもたせて、カーテンのようにたるむようにできないだろうか。そうすれば、どんな強シュートでもネットで力を吸収され、ピッチ内にはね返ってくることはなくなる。
 強烈なシュートがGKを破り、ネットに突き刺さる。その瞬間のネットの揺れ、この地上では他に見ることのできないたわみ、そして力なくゴール内に転がるボール。それでこそ、「ゴールの感動」が完結するように思うのだが...。

(2001年10月24日)
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