サッカーの話をしよう

No.379 ゴールデンゴールは反スポーツ的か

 「ゴールデンゴールは反スポーツ的なルールと言ってよい。スポーツというのは、常に逆転の可能性があるべきものだからだ」(アンディ・ロックスバーグ=元スコットランド代表監督)
 「サッカー選手というのは、決められた時間のなかで結果を出すように訓練されている。だからゴールデンゴールには反対だ」(アーセン・ベンゲル=アーセナル監督)
 ヨーロッパのコーチたちが、いっせいに「ゴールデンゴール」に反旗を翻した。
 「ゴールデンゴール」とは、延長戦にはいったときに最初の得点を挙げたチームを勝者とする方式である。日本では94年以来「Vゴール」と呼ばれている。
 
 かつては「サドンデス(突然の死)」と呼ばれた。しかしイメージが悪いと、国際サッカー連盟(FIFA)のヨゼフ・ブラッター事務総長(現会長)が自ら「ゴールデンゴール」という名称に決めたのは、Jリーグが「Vゴール」と名づけた数カ月後だった。
 ワールドカップをはじめとしたFIFAの大会では、まず出場国を4チームずつに分けて「グループリーグ」を行い、その上位チームで勝ち抜き方式の「決勝トーナメント」を行って優勝チームを決める大会形式が取られている。
 グループリーグでは90分が終わって同点の場合には引き分けだ。しかしその後は1試合で次のラウンドに進むチームを決めなければならない。そこで延長戦が必要になる。
 FIFAは93年に行われたユース年代の世界大会でテストケースとして「サドンデス」を導入した。ワールドカップでも98年に導入、さらに、ことしのルール改正で、試合の勝者を決定する方法のひとつとして、大会規約で「ゴールデンゴール」を採用することが明文化された。

 ただし日本以外では、リーグ戦では採用されていない。すべて、勝ち抜き方式のトーナメントでの話である。それでも、先月末にヨーロッパ・サッカー連盟(UEFA)の要請で集まったコーチたちによる会議では、全員が反対だったというのだ。
 UEFAでは、ヨーロッパ選手権で96年大会以来「ゴールデンゴール」を採用し、以来2大会連続で決勝戦がこの形式で決まっている。
 ベンゲル監督は続ける。
 「延長戦で1点をリードされてからのプレーにこそ興奮がある。ゴールデンゴールの採用によって、試合は守備的になってしまう。前後半15分ずつ、計30分間の延長戦をするのが、よりフェアだ」
 「ゴールデンゴール」の導入には、選手たちの負担を軽減するという狙いもあった。自動的に30分間の延長戦をするよりも、もし3分目に得点がはいったらそこで終わりにしたほうが、疲労が少なく、次のラウンドに影響が少ないはずだからだ。

 そうした側面はコーチたちの支持を得られそうに思うのだが、一顧もされていない。議論をするまでもなく全員が反対だったというのは、よほどの嫌悪感なのだろう。
 もはやこれは、サッカーという競技をどうとらえるか、それに必ずともなう試合結果をどう受け入れるかという「文化」の問題のように思う。
 サッカーは常に攻守が入れ替わり、またたく間にチャンスとピンチが訪れる。そのひとつを決めるか決めないかで勝負が決まるのではなく、一定の時間を戦って、より多くのゴールを挙げたほうが勝つ。それがサッカーの「文化」だ。
 ヨーロッパのコーチたちは、延長戦になるとその文化が突然捨て去られてしまうことに、大きな違和感をもっているに違いない。さて、「Vゴール文化」の国・日本のサッカーファンは、彼らの感覚をどう考えるだろうか。
 
(2001年9月5日)
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