サッカーの話をしよう

No.377 レフェリーのプロ化へ向け、動き盛ん

 「その金額じゃ、うちの選手たちはスローイン1回だってやらないな」
 主としてイングランド・サッカー界のコメントを集めた近刊『決めゼリフを言う選手、捨てゼリフを吐く監督』(フィル・ショウ著、森田浩之訳、廣済堂出版)に、こんな言葉があった。
 「吐いた」のは、コベントリー・シティーのゴードン・ストラカン監督。イングランド・プレミアリーグにおけるレフェリーの手当てが、1試合わずか200ポンド(約3万6000円)と聞かされてのコメントだった。
 年俸にして数億円を受け取る選手がごろごろといるプレミアリーグ。90分間のプレーが1000万円以上になる選手も少なくない。ストラカンの言葉はジョークではない。正直な感想だったはずだ。

 120年を超すプロの歴史をもつイングランドでも、レフェリーたちは誇り高い「アマチュア」である。自分自身の生計をたてる職業をもち、その「余暇」にサッカーのレフェリーとして活動するというのが基本だった。
 そのイングランドに、レフェリングの新時代が到来しようとしている。イングランドのサッカー協会(FA)が、トップクラスのレフェリーに「基本年俸」を支払うことになったからだ。
 FAによると、プレミアリーグとトップクラスのカップ戦を担当する主審24人を選び、このプログラムを実施するという。
 主審の「基本年俸」は3万3000ポンド。日本円にして約600万円である。これに試合ごとの手当てがつく。ヨーロッパサッカー連盟(UEFA)の97年の調査によると、イングランドでは1試合あたりのレフェリー手当ては、200ポンドではなく375ポンド(約6万7500円)。年間20試合を担当すると、年間収入は4万ポンド(720万円)を超すことになる。

 完全な「プロ化」とは言いがたい。レフェリーをして得られる収入が大幅に増えたといっても、物価の高いイングランドにあっては、ようやく生活できるという金額だからだ。レフェリーたちは、この「エリート集団」に選ばれても、自分自身の職業を続けることは禁止されていない。
 ポイントは、2週間ごとに3日間ずつの「トレーニングセッション」に参加することを義務づけられていることだ。
 30代から40代のレフェリーたちにとって、最大の問題は、フィットネスの維持である。現代のトップクラスのサッカーはスピード化が進む一方だ。その試合についていくには、レフェリーたちも定期的に相当なトレーニングをしなければならない。
 しかしレフェリーには所属チームはない。それぞれの仕事をもち、その余暇に、自分ひとりでトレーニングをすることになる。若くて巨額の年俸をもらっているだけでなく、専門家がつきっきりで指導に当たっているプレーヤーたちに対抗するのは不可能といっていい。

 今回のイングランドの「改革」は、ここに手をつけたものだ。集団で、専門化の指導を受けて定期的にトレーニングを続けることによって、レフェリーたちのフィットネスは大幅に向上するはずだ。
 FAは、プレミアリーグを担当する副審48人、プレミアリーグ外のプロの試合を担当する主審50人、副審180人も指名した。これらの人びとにも、トレーニング参加手当てを支給して同様のプログラムを展開するという。
 一気のプロ化ではなく、レフェリーたちの「トレーニング環境」の改善に目をつけた今回のイングランドの改革。どのような成果が出るか、世界中が注目している。

(2001年8月22日)
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