サッカーの話をしよう

No.368 東京ヴェルディ 試合前の仲間たち

 長い廊下の向こうから長身の選手が歩いてくる。逆光でシルエットになった映像からは、誰であるか見えない。近くにきて、胸についた番号から、ようやくDF中沢選手であることがわかる。
 やがて彼は、ロビーのようなところに出る。そこにはすでに対戦相手の選手たちが出てきている。中沢選手は、ごく自然に彼らに近づき、握手し、会話をかわしている。
 ことしからホームタウンを東京に移し、「東京ヴェルディ1969」という名称になったヴェルディ。その試合で私がとても気に入っているのが、試合前にスタンドの大型映像装置に映し出される選手たちの入場直前の様子だ。ヴェルディのホームゲームでは、もう何年も前からこの映像がファンに提供されている。
 この日の対戦相手はセレッソ大阪。中沢選手がセレッソの森島選手のところにいくと、20センチも背の低い森島選手は背伸びするように彼の頭を見て、中沢選手をからかうようなジェスチャーを見せる。負傷明けの中沢選手は、トレードマークの長髪を切り、見違えるようにスマートになっていたからだ。
 やがてヴェルディの選手たちが次つぎとロビーに姿を見せ、それぞれにセレッソの選手たちと握手をかわす。そこにレフェリーが出てきて、選手たちのシューズとすね当てをチェックして回る。機械的に見るのではない。言葉をかわし、握手をしながらチェックをしているのだ。
 カメラは後ずさりして出口の方向に出ていく。ヴェルディを先導するキャプテンの北沢選手が映し出される。
 北沢選手が左向きに腰をかがめると、そこには入場のときに選手と手をつないで歩く少年がいる。少年に一言二言声をかける。「よし、いこうぜ」とでも言ったのだろうか、少年が小さくうなずく。そして正面に向き直った北沢選手の顔は、一瞬にして「戦士」の表情に変わっている。気合と闘志が、大型映像からあふれるように伝わってくる。
 時間にすればわずか2、3分間だろう。この映像が流れている間、アナウンスはヴェルディのクラブスポンサーを紹介している。いわば、その「背景」としてこの映像が使われているのだ。
 しかし私はいつも、この映像が楽しみで仕方がない。そこに選手たちの本当の姿が映し出されているからだ。
 いったんピッチに出て試合が始まれば、互いに勝利のために全力を尽くす。相手のゴールを攻め合うサッカーという競技では、それは技の見せ合いではなく、激しい「バトル」となる。選手たちは、まるで「かたき同士」のように相手のプレーを妨害し、また相手の弱点をつく。
 しかし、実際には、彼らは「仲間」でもある。プロとして互いに尊敬し、試合の外では所属チームを離れて友人としてつき合う関係なのだ。
 レフェリーも同じだ。試合中には、選手たちはときに激しく抗議もする。しかし試合前には、こうして握手をかわし、仲間として「いい試合をしましょう」と声を掛け合うことができる存在なのだ。しかしそうした「真の姿」は、めったにファンの前に示されることがない。
 ヴェルディの試合前の映像は、短時間ながら、そうした実像を百万言に勝る力強さで印象づける。このシーンを見るたびに、私は、サッカーという競技、サッカー選手たち、そしてレフェリーたちに、強い愛情を感じさせられる。そして心のなかで、「みんながんばれ!」と叫んでいるのだ。
 ヴェルディの試合前の映像は、フェアプレーの精神のすばらしいメッセージだ。ヴェルディというクラブが、それをどこまで意識しているか、私は知らないが...。

(2001年6月20日)
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1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

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