サッカーの話をしよう

No.352 西澤明訓 海外移籍で精神的に成長

 スペインの1部リーグで、西沢明訓が移籍後初めての先発出場を果たした。
 25日日曜日、マドリード市の「ラヨ・バリェカノ」とのアウェーゲーム。西沢が所属するバルセロナ市の「エスパニョール」は、前半途中で10人になりながらも、粘り強い戦いを見せて1−1で引き分けた。
 FW西沢は「ワントップ」で出場、前半はなかなかボールが回ってこなかったが、10人になってからは西沢のヘディングとキープが頼りとなった。相手DFは屈強な大男ばかりで、反則を交えた守備で西沢を止めようとした。初得点どころかシュートも打てなかった。しかしそれでも、しっかりとチームに貢献したように思えた。
 テレビで見ていて、うれしい驚きがあった。西沢の態度が非常に自然で、しかも明るくチームに溶け込んでいたことだ。

 前半、チームメートのタムードがイエローカードやレッドカードを受けたときには、誰よりも早くレフェリーのところにかけつけて抗議した。もちろん、何を言っていたのか聞こえたわけではない。しかしチームメートを思うその真剣な話しぶりは、本来なら許されないレフェリーへの抗議であるとはいえ不愉快な感じは受けなかった。
 ハーフタイムには、ゼスチャーを交えながらプレーについて味方選手と熱心に話しながら更衣室に向かう西沢の後ろ姿が画面に映し出された。多少ブロークンであっても積極的にコミュニケーションをとろうとする自然な姿勢だった。
 さらに後半、ゴール前の競り合いでひざを痛めたときの態度が印象的だった。ドクターが呼び込まれたため、レフェリーは西沢にいちどピッチを出るように指示した。しかし自分が出ればチームは9人になってしまう。「オレはだいじょうぶ。なぜ出なければならないんだ!」とでも言っているような強い態度は、非常に頼もしく映った。

 ストライカーとしてすばらしい才能をもちながら、過去数年、西沢はなかなかその才能を花開かせることができなかった。それは、試合中に見せる激しいファイターぶりと同時に、彼が非常に繊細な神経の持ち主だったことが原因のように思える。
 97年、フランス・ワールドカップを目指して日本中が異様なテンションにあったなか、彼は初めて代表に選ばれ、期待を集めた。しかし最終予選の最中の不運な負傷でチームを離脱しなければならなかった。
 きのうまでスター扱いをしていたメディアが、手のひらを返したように彼を「戦犯」扱いしはじめた。プロになってから初めて受けた「メディアの洗礼」は、繊細な彼の神経には耐えがたいものだった。
 非常にシャイで、知らない相手に対して自分を表現するのがうまいとはいえなかった西沢の成長が足踏み状態になったのは、そうした周囲に対する不信感が理由だったのではないか。

 しかし昨年、西沢はセレッソ大阪で見事なプレーを見せ、日本代表でもフランス戦、アジアカップなどでエースの活躍を見せた。セレッソの副島博志監督の感化も大きかったのだろう。
 そしてシーズン終了とともにスペインに移った。そのタイミングがまさに絶妙であったことが確認できたのが、先週の試合だった。精神的な成長と安定、そして周囲との自然でオープンな交流は、スペインでの彼の成功を確信させるものだった。
 ライバルはチーム内にもたくさんいる。得点を挙げて、仲間からの信頼を受けなければならない。しかし西沢は必ずその戦いに勝つだろう。
 相手がスペイン代表だろうとアルゼンチン代表だろうと、臆することはない。西沢も、ワールドカップで上位進出を目指す日本代表のエースだからだ。

(2001年2月28日)
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