サッカーの話をしよう

No.335 明確になった「日本スタイル」

 「自分の国を知るには、外国に出なければならない」というような意味の格言があった。レバノンで行われているアジアカップ決勝大会というフィルターを通すと、「日本のサッカー」というものが、これまでになく明確に見えてきたように思える。
 これまでに、私が好きだった日本代表が3つある。1985年のワールドカップ予選を戦い、韓国との最終予選で力尽きた森孝慈監督の日本代表。93年、カタールのドーハでワールドカップ出場まであと数十秒のところに迫ったハンス・オフト監督の日本代表。そして現在、フィリップ・トルシエ監督が率いる日本代表である。
 もちろん、世界のなかでのポジション、対世界のレベルではずいぶん違う。85年のチームは韓国に力負けしたし、93年のチームはアジアの最高レベルで戦うのが精いっぱいだった。

それに対し現在のチームは、プレー内容においてすでにアジアのレベルを突き抜け、経験さえ深めれば世界の強豪に驚きを与えうる力をつけてきている。
 しかしこの3チームには共通するイメージがある。高い技術をもった選手をベースに、磨き抜かれたチームプレーで攻撃的サッカーを展開していくことだ。どのチームも、攻撃が変化に富んでいて、見ていて本当に楽しく、わくわくする。それこそ、「日本のサッカー」のイメージではないだろうか。
 現在のチームではトルシエの指導や指揮ぶりにあまりに大きな注目が集まっている。しかし日本代表のプレーのベースは、当然のことながら、日本サッカーの育成システムと、Jリーグ・クラブでの日常の練習や試合から生み出されたものだ。

 プレッシャーをかけられても狂うことのないボール扱いの技術の高さ、プレーしながらサッカーというゲームを考える力の養成、いろいろな戦術に対する理解と適応の早さ。過去10年間ほどの間に成し遂げられた指導システムの的確さによって生まれた選手たちがトルシエに預けられ、2年間の国際試合の経験を経ていま花開いているのだ。
 サッカーという競技が日本に根付いてから約80年間の歴史の大半は、外国の技術や戦術、そして指導法を学ぶという形で進んできた。
 第二次大戦前はイングランドの書籍に学び、初出場のベルリン・オリンピック(36年)に学び、戦後はドイツに学び、やがてブラジルから大きな影響を受けるようになった。最近では、続々と好選手を輩出しているオランダやフランスの指導法が学ばれ、取り入れられている。
 しかし90年代のはじめから、世界に追いつくための課題がしっかりと整理され、日本独自の指導法が考案されてそれを次つぎとクリアしてきた。そして、大人の体つきになり、経験さえ積めば、国際試合で堂々とプレーできる選手が次から次へと生まれるようになったのだ。

 トルシエ監督のサッカーは、「フラットスリー」と呼ばれる世界にもあまり例を見ない守備戦術ばかりが取り上げられている。しかし、技術を生かして攻撃的なサッカーをするためのトレーニングは、日本代表選手たちの大半が少年時代から取り組んできた課題の延長線上にあり、別に奇抜なものではない。
 シドニー・オリンピックでの対戦相手は強豪ばかりだった。日本はそのなかで十分持ち味を発揮し、「日本のサッカー」を展開してきたのだが、このアジア大会でいちどに11のチームと比較したときに、「日本のサッカー」はよりいっそう明確になったように思う。
 それは、現在、日本全国で少年や中学生、高校生を指導しているコーチたちへの、「自信をもってこのまま進んでいけ」という、力強いメッセージのように思えるのだ。

(2000年10月25日)
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