サッカーの話をしよう

No.311 シミュレーション 卑劣な行為にレッドカードを

 先週土曜日のJ2大分対札幌戦で、札幌のエメルソンが後半にこの日2枚目のイエローカードを受けて退場になった。
 2枚目のカードの理由は「反スポーツ的行為」だった。ゴール前のプレーで倒れたエメルソンの行為が、PKを取るために反則されたと装ったのだと、柴田正利主審は判定したのだ。
 昨年のルール改正で、審判を欺いて利益を得ようとする行為にイエローカードを出すことが盛り込まれた。
 「フィールド上のどこであっても、主審を欺くことを意図して反則されたように装う行為は、すべて反スポーツ的行為として罰せられる」(「決定6」)

 こうした行為は、以前は「ダイビング」(飛び込み)、「チーティング」(だますこと)などと呼ばれていたが、英文ルールで「シミュレーティング・アクション」(装う行為)という表現が使われたことから、日本でも昨年から「シミュレーション」と呼ぶことにした。
 98年ワールドカップの準決勝、フランス対クロアチア戦で、フランスのブランが退場処分になった。フランスのFKを待つゴール前で、ブランがユニホームをつかんだクロアチアのビリッチの胸を「離せ!」とばかりに小突いた。ビリッチはその「チャンス」を見逃さず、両手で顔を覆って大げさにひっくり返った。主審はブランがパンチを食らわしたと思い、副審と相談の上、レッドカードを出したのだ。
 「ダイビング」とは、ドリブルしていた選手が相手がタックルにきた瞬間に足を引っかけられたように演技して前に飛び込む行為。ビリッチの行為は、それには当たらなかった。だから昨年のルール改正では「主審を欺くことを目的としたシミュレーティング・アクション」という表現が使われたのだ。

 シミュレーションは、現代のサッカーがかかえる最も重大な問題のひとつだ。けっして新しい行為ではないが、近年、その頻度は高くなり、そして「演技」は高度になっている。
 シミュレーションなのか、それとも本当にファウルがあったのか、見分けるのは簡単ではない。ハードタックルを受けるとき、選手は負傷を防ぐために自らジャンプして倒れ込むこともある。そうした「防衛本能」との判別も難しい。
 「とにかくしっかり動いて、プレーをできるだけ近くから見るほかにありません」と語るのは、日本の審判の第一人者である岡田正義さんだ。
 しかしビリッチのようなケースは、主審ひとりで対処できるものではない。副審や、ときには予備審判の助けも必要になる。だがこれにも限界がある。ビデオの使用は、別の問題があって現実的ではない。私は、選手たちに対する「抑止力」にするために、さらにルール改正が必要ではないかと考える。

 昨年付け加えられた「決定6」では、「フィールド上のどこであっても」という文言が使われている。PK狙いのダイビングに限らず、ビリッチのような行為も警告するという、厳しい態度を示す意図だろう。
 しかしもう一歩進めるべきではないか。PKを得るための、ペナルティーエリア内でのシミュレーションには、即刻レッドカードにすべきだと思うのだ。
 GKがペナルティーエリアを出て手を使って守ると、「著しく不正なプレー」という理由で即座にレッドカードが出される。それならば、攻撃側がPKを得るためのシミュレーションも、「得点に直接関係する」という点で「著しく不正な行為」に当たると思うのだ。
 シミュレーションは、けっして「マリシア」(悪賢さ)などではない。単なる卑劣な行為だ。サッカーというスポーツと、プレーヤー自身の価値をおとしめる愚行なのだ。

(2000年4月19日)
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