サッカーの話をしよう

No.308 審判は黒子ではない

 先週の土曜日、等々力競技場でJ1の川崎フロンターレ×サンフレッチェ広島、次いで駒場スタジアムでJ2の浦和レッズ×大宮アルディージャの試合を見た。ともに1−0で、決勝点はPK(ペナルティーキック)だった。そして双方のPKとも、疑問の残る判定だった。
 川崎では、後半42分のプレーがPKの判定をもたらした。ゴール前に浮いたボールをフロンターレの大塚がクリアしようと左足を上げて振ったところに、サンフレッチェの藤本が体でボールを押し出そうとはいってきて、その腹部をける結果となった。藤本がはいってくるのは、大塚にとっては死角で見えなかったはずだ。

 浦和では、後半18分、レッズの大柴のドリブル突破がPKを生んだ。ゴールライン沿いにはいった大柴の足元にアルディージャGK白井が飛び込み、ボールを押さえたかに見えた。しかし同時に大柴が倒れた。
 PKの判定に怒ったアルディージャの選手たちが血相を変えて主審に詰め寄り、ひとりの選手が主審を左手で小突いた。主審に手を出すのはサッカーのなかでも最も重大な違反行為。即座に退場のケースだ。しかし主審は何の処罰も下さなかった。PKの判定とともに、主審は二重のミスをしたと思う。
 主審は、川崎の試合が辺見康裕さん、浦和の試合が片桐正広さん。誤解を受けないように言っておきたいが、この記事の目的は両主審の「誤審」を責めるものではない。試合の勝因や敗因を語るのと同じように、審判の判定についても、もっと議論があってもいい。そのためにも、主審や副審の名前ぐらいしっかりと報道すべきだと思うのだ。

 サッカーとは、果てしなく続く「ミス」のゲームだ。どんな大選手でもミスをする。守備とは攻撃側のミスを誘う行為であり、攻撃とは守備側のミスを利用する行為とまでいっても過言ではないだろう。そして審判たちもミスをする。
 もちろん、ミスはないほうがいい。選手同士ではなく、審判のミスによって勝負が決まるというのは、後味のいいものではない。しかしそういう試合もあるのがサッカーなのだ。だからこそ、単発の勝ち抜き戦方式の大会ではなく、数多くの試合をして総合成績で順位を決するリーグ戦方式の大会が世界中で重視されているのだ。
 ミスは避けられない。私たちにできるのは、それを減らすための努力だけだ。そのためには、オープンな議論が必要だ。
 ミスは不可避なのだから、審判員の名前を出しても名誉を傷つけることにはならない。むしろ名前を出すことでより正確な議論が可能になる。

 さらに言えば、審判は背中や胸に自分の名前を入れてもいいのではないか。そしてたとえば、試合前に両チームの選手の一人ひとりと握手をして、初めてなら自己紹介をし、互いの健闘を祈るなどの「交流」があってもいいのではないか。
 試合中、主審は選手を呼ぶのによく「○番!」と背番号を使う。選手は主審を「レフェリー!」と呼ぶ。これでは両者が好ましい関係を築くことは難しい。外国のようにファーストネームで呼び合えなくても、「○○さん」と名前で呼べるようになったら、互いにとってずっといい試合ができるはずだ。
 「審判は神聖」ではない。トルシエの進退問題のように、もっとオープンな議論の対象にして技術の向上に努めるべきだ。同時に、議論とともに選手たちとの正常な関係づくりの前提として、審判員の顔と名前をはっきりと示すべきだと思う。
 審判は黒いウエアを着ていることが多いが、けっして「黒子」ではない。サッカーという試合の不可欠な「キャスト」の一部なのだ。

(2000年3月29日)
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1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

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