サッカーの話をしよう

No.298 世界への視線が生まれた日本の若手

 わずか9分間のプレーだったが、城彰二がスペイン・リーグへのデビュー戦で可能性あふれるプレーを見せた。イタリアのセリエAでは、中田英寿がビッグクラブのひとつであるローマへ移籍して3日後にいきなり先発出場して活躍した。
 2000年1月16日日曜日の深夜、日本中のサッカーファンがテレビの前で心ときめく時間を過ごしたに違いない。
 その前夜には、セリエAのベネチアに所属する名波浩が、交代出場ながらチームの貴重な勝利に貢献するプレーを見せた。中田ほど派手な活躍ぶりではないが、名波が着実に力をつけ、持ち前の頭の良さを生かしてハードなリーグでも生き残っていけることを示した試合だった。

 77年から86年まで西ドイツのブンデスリーガで活躍した奥寺康彦、94/95年シーズンにセリエAのジェノアでプレーしたカズ(三浦知良)らの先達はいた。しかし現在のヨーロッパへの進出を導いたのは、まちがいなく98年夏にペルージャに移籍した中田英寿だった。高い技術を示した中田の活躍が、日本人選手を世界の「移籍市場」に乗せたのだ。
 日本でサッカーが「ビッグゲーム」になったのは、93年のJリーグ誕生だった。熱狂的なブームのなかで、少年たちはJリーグ選手、日本代表選手へのあこがれを募らせた。しかしそれ以前には、日本のサッカー少年たちのアイドルはマラドーナ(アルゼンチン)をはじめとした世界のスターだった。4年にいちどのワールドカップ中継や雑誌からの情報を通じて、少年たちは「世界」を夢見た。
 現在のJリーグの選手たちの大半は、そうした少年時代を過ごしてきた。だからJリーグで活躍し、日本代表で確固たる地位を築いても、彼らは「その先」にある「世界」を見失うことがなかったのだ。

 そして98年、中田が出て行く。実は私は、98年ワールドカップ終了後には数人の選手がヨーロッパに移籍すると予想していた。だが初出場の大会を3敗で終えた日本は評価が低く、話がまとまったのは中田ひとりだった。しかしそのひとりが、メンタル面でもフィジカル面でもヨーロッパの水準に達した中田であったことが幸運だった。
 中田がイタリアで高い評価を受けたことによって、初めてヨーロッパで日本人選手が評価の対象になり、「移籍市場」に乗るようになった。いくつものクラブが日本人選手に目を向け始め、昨年夏に名波が移籍し、ことし城が動いた。
 いま、Jリーグの若手選手に「将来の希望は?」と聞くと、10人中9人までが「世界のトップリーグでプレーしたい」と語る。残りのひとりは、「まずはクラブでレギュラーを取ること、そしてできれば代表に」と話す。しかし「その先は?」と聞くと、「そこまで行かなければ、世界でプレーすることはできないから」と答える。すなわち、10人中10人が、中田の道を追う夢をもっているのだ。

 中田も名波も城も、日本では確固たるスターの地位を築いていた。それぞれに自信はあっただろうが、ヨーロッパに出るのは、その地位を台無しにする恐れを秘めた冒険だった。しかし彼らは果敢に挑戦した。
 3人とも、日本国内で自分が到達した場所に心満たされることがなかったのだろう。そして新しい挑戦をすることによってのみ、サッカー選手としての闘志をかきたて続けることができると感じたに違いない。
 その挑戦が、彼らに続く世代に刺激を与え、日本国内のサッカーも活気づかせる。
  いい時代になってきたと思う。その時代をリードする中田、名波、城の3人に、そしてその後に続く若い選手たちに、心から声援を送りたいと思う。

(2000年1月19日)
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1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

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