サッカーの話をしよう

No.93 測れないない10ヤード 計りきれない損失

 Jリーグ開幕の足音が近づいてきた。カラフルでエキサイティングな戦いを、日本中のファンが楽しみにしていることだろう。
 私が期待したいのは、ハイレベルなだけでなくフェアで美しい試合だ。
 イエローカードの数ではない。本物のエンターテインメント、スポーツらしいフェアな精神にあふれた試合を見たいのだ。
 その要素は数限りなくある。きょう取り上げたいのは、フリーキック(FK)のときに守備側の選手がつくる「壁」だ。

  自陣ゴール近くで相手にFKが与えられると、守備側は3〜6人の選手を並べて「壁」をつくる。ルールでは守備側は10ヤード(9.15メートル)以上離れなくてはならない。だが実際に試合で見られるのは、スポーツとは思えない卑劣な行為だ。
 まずひとりがボールの前に立ち、素早いFKを防止する。その間に味方は7メートルほどの距離に数人で「壁」をつくる。これが「サッカーの常識」だ。
 当然、レフェリーは壁を下げるよう命じ、攻撃側もそれを要求する。
 壁はつくられた形のままじわじわと下がる。そしてたいていはレフェリーが示す位置より体半分ぐらい前で止まる。レフェリーはあきらめて攻撃側にけるように命じる。すると、壁はキックの寸前にまたジワジワと前進する。攻撃側はキックを止め、レフェリーに壁を下げるよう要求する。
 全チームが同じことをする。選手たちは疑問にも思っていない。

 これが「プロ」にふさわしい行為といえるのか。
 卑劣なだけではない。壁をめぐるイザコザで数10秒が「浪費」される。選手たちはその時間分だけの「労働」あるいは「サービス」を免れ、観客は楽しみの時間を奪われる。
 国際サッカー連盟は、昨年のワールドカップで「アクチュアルタイム」、つまり実際にプレーが動いた時間にこだわった。4年前の大会では90分のうち60分間にも満たなかったからだ。これを伸ばすことがサッカーを面白くすることにつながると、国際サッカー連盟は主張する。

 アメリカンフットボールでは10ヤード進んだかどうか測る「メジャー」が登場する。サッカーにもほしいと思うことがある。
 それが無理なら、これもアメリカンフットボールの5ヤードごとのラインはどうか。これがあれば、選手にもレフェリーにもそして観客にも、10ヤードの距離がすぐわかる。最初から7メートルの距離に壁をつくることはできなくなる。
 とはいっても、ラインはルールで規定されたものに限定されている。勝手に引くことは許されない。そこで利用するのが、「芝の刈り目」だ。最近のスタジアムでは芝生は等間隔にきれいに刈り揃えられている。観客席から見ると緑の濃い部分と薄い部分があるが、これは芝刈り機を進めた方向の違いによるもの。それを5ヤード間隔にするのだ。
 芝の刈り目はグラウンドレベルでもかなりはっきりわかる。選手にもレフェリーにも、大きな目安になるはずだ。

 かつては、レフェリーは歩測で10ヤード測っていた。しかし最近では走っていってぱっと示すことになっている。「10ヤード」という距離が身についていなければならないのだ。
 しかしこれもなかなか難しい。イタリアの放送で壁までの実際の距離を示したものがあったが、12メートルも離している場合があった。
 日本サッカー協会で幅5ヤードの芝刈り機を開発し、それを「標準仕様」としたらどうか。日本中のグラウンドでこの幅の刈り目が採用されたら、それだけで「アクチュアルタイム」は数分間伸びるように思う。

(1995年3月7日)
クリエイティブ・コモンズ・ライセンス

サッカーの話をしようについて

1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

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