サッカーの話をしよう

No.90 浦和の入場券地元優先販売

 先週、「ジェノバ事件は他人ごとじゃない」というタイトルの記事のなかで、「すべての観客コントロールは、入場券の販売から始まる」ことを指摘した。この件に関連して、浦和レッズから興味深い話を聞いたのでご紹介しよう。
 レッズでは、2年前、93年の第2ステージから入場券の「地元先行販売」を行っているという。

 そもそもの始まりは、ホームの駒場競技場が1万人しか収容できず、「見たくても入場券が手にはいらない」状態が続いたことだ。
 レッズは「地域社会に健全なレクリエーションの場を提供する」ことをクラブの活動理念のひとつとして掲げている。
 Jリーグの試合は地域の人びとのためのものだ。発売と同時に売り切れるのはクラブにとってはうれしい限りだが、オンラインのコンピューターを使って全国いっせい発売するチケットサービス会社に任せっきりでは、何のための「地元」かわからない。だから数は限るが地元先行販売することにしたのだという。

 最初は抜き打ちで販売した。地元紙や全国紙の県版の協力を仰ぎ、「本日10時より××で販売」の記事を載せてもらった。
 とはいっても、出せるのは1試合あたり2000枚。ものすごい行列ができ、あっという間に売り切れた。長時間並んでくれているファンに「ここまでです」と断るのが辛かったという。
 それに懲りて、2回目、昨年の2月には、電話予約の回線を160本用意し、番号を抜き打ち告知する方法をとった。当日は大雪。並んでもらう方法でなくてよかったが、回線はあっという間にパンクした。

 そこで、NTT埼玉本部とチケットぴあとの協力で開発したのが、「自動抽選システム」だった。
 コンピュータメーカーから転職してきた畑中隆一氏がクラブにいたことが幸運だった。システムに強い畑中氏とNTTからの提案が練りに練られ、「電話で申し込みを受け付け、後日抽選結果を知らせる」という新システムが生まれた。
 埼玉県内の電話からしか抽選に参加することができず、当選を知らせた後に本予約をすることで当選番号をもらう。そして最寄りのチケットぴあで入場券を引き取る。
 昨年の第2ステージから導入されたこのシステム、ことし2月の申し込みも混乱なく受け付けが終了したという。
 ことしの第1ステージはやはり収容1万の大宮サッカー場が中心なので、先行販売にかけられるのは1試合あたり2000枚。去る10日の締め切り日までに、15倍の競争率となる1試合あたり3万枚の申込みがあったという。
 これ以外の分は、「一般販売」として、他のクラブと同様、全国同時発売のチケットサービス会社で2月26日から売りに出される。「地元先行」で外れたファンは、この一般販売にまたチャレンジすることができる。つまり地元のファンにとっては「ダブルチャンス」ということだ。

 先週の記事は、観客を把握するための入場券販売方法の再考を求めたものだったが、この「自動抽選システム」を使えば、「誰が」買ったのか追跡することは可能だ。
 もちろん、レッズの「地元のための試合」という考え方は、Jリーグの理念に則った重要なポイントだ。
 不思議なのは、この「レッズ方式」を真似するクラブがないということだ。レッズ以外のJリーグ・クラブはみんな「全国区」を目指しているのだろうか。それとも、「売れるのなら、どこの誰でも同じこと」と考えているのだろうか。

(1995年2月14日)
クリエイティブ・コモンズ・ライセンス

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1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

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