サッカーの話をしよう

No.77 「ダイビング」を見極める

 ドリブルでペナルティーエリアに突っ込んできた福田正博が、相手のスライディングタックルに吹っ飛ぶ。
 「PK!」
 スタンドを埋めたレッズのファンが叫ぶ。しかしテハダ主審(ペルー)は両手を前に出してプレー続行をうながすジェスチャーだ。この試合の前半、同じシーンが再三見られた。

 PK(ペナルティーキック)は攻撃側にとって最高のチャンス。ほぼ1点といってもいい。だからファウルを受けていないのに「演技」で倒れる選手が後を絶たない。サッカーではこうした行為を「ダイビング」と呼んでいる。
 南米やヨーロッパに行くと、ダイビングの名手として名をはせている選手も少なくない。最近では、ドイツ代表のユルゲン・クリンスマンがワールドカップの対ブルガリア戦で見せた行為がダイビングだとして国際的な非難を呼んだ。

 「ダイバー」たちはレフェリーにとって最大の敵のひとつだ。
 スピードに乗ったドリブルでペナルティーエリアにはいる。シュートさせまいと、ディフェンダーが捨て身のタックルにはいる。アタッカーはそのタックルの直前に足先でボールをちょんとつつき、前に出す。そこにタックル。アタッカーは派手に吹っ飛ぶ。
 本当に足が引っかかったのか、それとも、ひっかかったふりをして吹っ飛んだのか。「プロ・ダイバー」たちは絶妙のタイミングで飛ぶ。正確な判断をするのは至難の業といっていい。スローVTRを見ても、素人には判断がつきかねる場合も少なくない。
 レフェリーはVTRを見るわけにはいかず、しかも瞬時に判断を下さなければならない。こうして、いくつもの「疑惑の判定」が生まれる。

 74年ワールドカップ決勝戦、西ドイツ×オランダのドイツの同点ゴールは、ヘルツェンバインという選手が来年からサンフレッチェの指揮をとるヤンセンのタックルに倒れて得たPKから生まれたもの。だが彼はドイツでは有名は「ダイバー」だった。
 90年ワールドカップ決勝、これも西ドイツの決勝ゴールは、フェラーが倒されたもの。怒ったアルゼンチンの選手たちは執拗な抗議を続けて試合を後味の悪いものとし、マラドーナは「判定が不当だ」と、試合後、涙まで浮かべた。

 典型的なダイビングを見極める方法がある。タックルを受けたとき両足をそろえて倒れたら、たいていは演技だ。プレーをしようという意志があるのに倒されるときには、どちらかの足は必ず前に出ているはずだからだ。
 この「鑑識法」でいうとヘルツェンバインは有罪、フェラーは無罪ということになる。
 74年決勝戦の笛を吹いたのはテイラーというイングランドの主審。ドイツの新聞は母国の20年ぶりの優勝を喜びながらも、「ドイツ人だったらけっしてPKにはしなかっただろう」と論評した。

 悪質なダイビングは「非紳士的行為」にあたり、警告(イエローカード)の対象となる。86年のワールドカップ、デンマークの攻撃のキーマンだったアルネセンがこれでその試合2枚目のイエローカードを受けて退場、次のスペイン戦で負ける原因となった。
 先週の大宮サッカー場、「倒れてもPKはない」とわかった福田は、延長戦ではタックルを受けながらもふんばり、バランスを立て直してシュートした。惜しくもGKに防がれたが、プロが限界まで力をふりしぼった見事なシーンに場内からは盛大な拍手が起きた。そう、これが「サッカー」なのだ。

(1994年11月1日=火)
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