サッカーの話をしよう

No.76 Jリーグ スポーツターフ研究会

 Jリーグ第2ステージの後半戦。鹿島ではマリノスのGK松永がゴール前の軟弱なグラウンドに足をとられてむざむざと先制点を許した。国立競技場では、選手が走るたびに砂が飛ぶのが目についた。この夏の異常な暑さで受けた各競技場の芝生のダメージは、まだまだ尾を引いている。
 しかしそうしたなかで、先日、Jリーグは注目に値する研究会を実施した。

 10月12日、サッカー界は前日、広島のアジア大会での日本代表の敗退のショックに沈んでいた日のことだ。都内のホテルに50人を超す人びとが集まった。Jリーグ各クラブの運営委員、各地のスタジアムの芝生管理者などだった。この日と翌日の2日間、Jリーグの主催によって「スポーツターフ(芝生)研究会」が開催されたのだ。
 講師となったのは、国立競技場の芝生管理の責任者である鈴木憲美氏をはじめとした4人の専門家。
 現在のトップクラスの芝生管理技術から、今夏の暑さをどう乗り切ったか、散水をどのような計画で実施したかなど、具体的な説明が行われ、その後、活発な質疑応答とディスカッションが繰り広げられた。

 これまで、各地の競技場の芝生管理は、個人の経験に頼るか、あるいは造園業者などの手に任せっぱなしという状態だった。競技場の管理部門に具体的なノウハウが蓄積されるような状況ではなかったのだ。しかし今夏の異常気象で各地の芝生が大きなダメージを受け、社会問題にまでなったことをきっかけに、競技場側が主体的に芝生を管理しなければならないという意識が出てきた。それが、この研究会の熱気につながったようだ。
 「満員の観衆、そしてテレビを通じて何千万もの人に見られているということで、芝生をきれいな緑の状態に保つという仕事に大きな誇りを感じるようになった」
 「私が世話をした芝生の上で、選手たちが気持ちよさそうにプレーしているのを見ると、本当にうれしくなる」
 ディスカッションでは、Jリーグのホームスタジアムとなったことで「芝生管理者」たちの意識が大きく変わりつつあることが痛いほど伝わってきたという。

 横浜の三ツ沢球技場の事件ばかりが大きく報道された「芝生問題」だったが、各地のスタジアムの芝生がが多かれ少なかれダメージを受け、競技に支障をきたしている競技場もひとつやふたつではない。人間は成功よりも失敗から多くを学ぶもの。その意味で、各地のスタジアムと芝生管理者がこの夏に得た経験は、これまでの何十年分にも相当するものだろう。
 今回の「研究会」は、その経験を個人あるいは一競技場のものとせず、日本全国で分かち合い、財産としようというものだ。これをきっかけに日本の競技場の芝生管理技術は大きく向上するはずだ。

 三ツ沢球技場の芝生問題がまったく解決の糸口さえ見つけられない時期に、Jリーグはこの会の開催を企画し、わずか2カ月のうちに実施した。その行動の早さと、何よりも前向きのアイデアは称賛に値する。
 2年目を迎え、試合に昨年ほどのインパクトがなくなったJリーグだが、その組織自体はまだ若さと柔軟性を失わず、こうしたチャレンジ精神あふれる企画を打ち出す力をもっていることを示した。
 これまで各地でで孤独な作業を続けてきた「芝生管理者」たちは、この研究会を通じてひとつの「大家族」となった。Jリーグでは、今後も年2回ほどのペースで研究会を開催していきたいとしている。

(1994年10月25日=火)
クリエイティブ・コモンズ・ライセンス

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