サッカーの話をしよう

No.74 魅力満天、日本女子代表

 1958年と62年のワールドカップでブラジル連覇のヒーローとなったガリンシャという右ウイングの選手がいた。
 小児マヒの後遺症で右足が左に比べて少し短かったがテクニックは抜群。「史上最高のドリブラー」と称賛されたドリブルを披露した。あるとき、彼は十数人の選手を抜き去ってシュートを決めた。何人かを抜いているうちに最初の選手たちが戻り、もういちど彼らを抜いてみせたのだ。
 これが五〇年代のサッカーだった。「コンパクト」や「プレッシャー」という言葉はなく、ボールの芸術家たちは「我こそはガリンシャなり」と名乗りを上げてそのテクニックを発揮することができた。
 しかし現在、世界のトップクラスではこんなプレーは不可能となった。互いにスペースを消す激しい守備のなかで、どんな天才でもシンプルに速くプレーすることを求められる。ヨーロッパや南米では、「昔のほうがサッカーが芸術的でおもしろかった」と語るファンも少なくない。

 アジア大会の女子サッカーを見ていて思ったのは、そのことだった。
 女子の日本リーグはこの秋から「Lリーグ」と名称が変わるそうだが、名前をどうつけようと、現状では千人の有料入場者を入れることも難しい。日本の女子のレベルが低いからではない。女子のプロリーグが成り立っているところなど世界を見渡してもないのだ。だからアメリカやヨーロッパのトップの選手たち、男子でいえばR・バッジオやロマリオが企業に支えられた「Lリーグ」にやってきているのだ。

 女性のスポーツでプロが成り立っているものにゴルフやテニスがある。私はゴルフのことはあまりわからないが、テニスは男子より女子の試合のほうが面白いと思っている。
 強烈なサーブとボレーであっという間にポイントが決まる男子に対し、女子は多彩なテクニック、長いラリーのなかでの天才的なゲームの組み立てなどを見ることができるからだ。

 女子のサッカーがたくさんの観客を引きつけ、楽しませることができるとすれば、まったく同じことが必要なのではないか。
 中盤が詰まり、激しさとスピードばかりで個人の創造性など見せられなくなった「男子サッカー」。そうした時代に、女子のサッカーが多彩なテクニックやひらめきあるプレーを見せられれば、サッカーというゲームそのものを愛する人びとを引きつけていくことができるのではないか。

 アジア大会女子サッカーの日本−韓国戦。韓国は男ばりの激しい当たりで挑んできた。しかし日本は少しもひるまず、相手の動きが鈍った終盤に次つぎと加点して大勝した。
 それは、半田悦子、木岡双葉、高倉麻子、野田朱美という四人の中心選手がすばらしく高いテクニックを示し、韓国の「体当たり」をかわして攻撃を組み立てたからだ。
 彼女たちのプレーは、まるでワルツを踊っているようだった。飛び込んでくる相手との間合いを見切り、みずからは無理のない体重の移動でターンをして逆をとる。もっているスピードを、最も大事な場面で最も効果的に使う。
 それは、Jリーグやワールドカップではもう見られないが、かつては世界中でサッカーファンを引きつけてきた「達人」たちのプレーだった。ガリンシャそのものではないが、彼の時代のサッカーだった。
 こういうプレーヤー、本物の「サッカー選手」をたくさんつくることが、女子サッカーの未来を開くことになるはずだ。

(1994年10月11日=火)
クリエイティブ・コモンズ・ライセンス

サッカーの話をしようについて

1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

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