サッカーの話をしよう

No.50 ファルカン監督 まずはお手並み拝見

 先週木曜に発表された新しい日本代表候補は、あっと驚かせるものだった。昨年のワールドカップ予選を戦ったチームの3分の2が落ち、予想外の選手が何人もはいっていたからだ。
 パウロ・ロベルト・ファルカン監督は、「時間がなかったが、過去の実績にとらわれず、現在いいプレーをしている選手、スタンドからでなくグラウンドで実際の力を見てみたいと思った選手を選んだ」と説明した。だが「どんなサッカーをやろうとしているのか理解できない」「国際経験の乏しい選手が多い」など、不安視する声も多い。

 92年春にハンス・オフトが監督に就任したときには、チームづくり、選手えらびの方針が非常にはっきりとしていた。そして結果として前年までの横山謙三監督のチームに近い選手が選ばれ、そこに何人か「オフト色」の選手がはいるという構成になった。だが、その時点での調子のいい選手を選ぶという点では、両監督は同じだった。
 頭を柔らかくしようと思っても、人間が固定観念から抜け出すのは簡単ではない。過去の実績を知っている人なら、「いまは調子が悪いけどコンディションさえ整えば誰にも負けないプレーを見せてくれるはず」と、「評価」と「期待」をどうしてもごちゃまぜにしてしまう。今回意外な人選が多かったのは、ファルカンが完全な「知識ゼロ」の状態からJリーグの選手を見て、選んだからだ。

 ただひとつ気になるのはこの人選がファルカンとフィジカルコーチのジルベルト・チンの2人だけで行われたことだ。最終的に決断を下すのは代表監督のファルカン自身であることは当然だが、日本のサッカーに詳しい人からの情報は重要だったはずだ。たとえばジーコはJリーグの選手の大半をよく知っている。Jリーグ12チームの監督、とくに前日本代表監督のハンス・オフトは、選手の能力について貴重な情報をもっているにちがいない。
 本人が言うように1カ月間という短期間で選手を選ばなければならないという状況下では、よりいっそうそうした「サポート態勢」が必要だったはずだ。
 日本協会の強化委員会がそれを怠ったのか、それとも本人が必要と思わなかったのかは不明だが、残念な気がする。

 ひとつ肯定的な見方ができるとすれば、今回の選手はまたJリーグの選手たちに大きな刺激を与え、活性化につながることだ。
 かつて、日本代表には、中学、高校時代からの「エリート」選手しか選ばれなかった。ユース代表がやがて日本B代表になり、そのなかからA代表が選ばれていくというコースができ上がっていた。
 それを打ち砕いたのがハンス・オフトだった。彼は前任者からの選手も多く使ったが、森保一(サンフレッチェ)という無名の選手をピックアップし、都並敏史(ヴェルディ)、吉田光範(ジュビロ)といった三十過ぎのベテランを呼び戻した。その効果は予想外だった。たとえ無名でも、30歳を過ぎていても、Jリーグで活躍すれば代表への道が開かれる--。これはまさに「コペルニクス的展開」だった。

 今回のファルカンの発表を前に、Jリーグのレギュラークラスの半分以上が、「もしかしたら」と思っていたに違いない。プロだったらそれくらい思わなければだめだ。ファルカンは今後も選手を入れ換えていくと明言しているから、Jリーグの選手たちの意欲はさらに刺激されたはずだ。
 話題たっぷりのスタートとなった新生日本代表。まずはファルカン監督のお手並み拝見といこう。

(1994年4月19日=火)
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