サッカーの話をしよう

No.49 城の欧州遠征は正しかった

 正月の高校選手権の優秀選手で構成された高校選抜チームが3月末から欧州遠征し、先週戻ってきた。この遠征は毎年行われているものだが、今回ほど注目されたことはなかった。ことしのチームには、ジェフ市原のエースとしてJリーグの開幕から4試合連続5得点を記録した城彰二が含まれていたからだ。

 Jリーグのサッカーは非常にタフになっている。そのため、高校を出たばかりの選手がプレーするのは簡単ではない。リーグのチームにはいっても、2、3年は体をつくり、トレーニングを積んで20歳を過ぎるころに試合に出られるようになれば立派なもの。多くの選手は、大学に進学したつもりで4年間は下積みでもがんばろうと思っているという。
 これは日本だけでなく、世界的な傾向だ。ヨーロッパの一部リーグを見ても、23歳以下の選手がレギュラーとして活躍している例は多いとはいえない。国際サッカー連盟がオリンピックを23歳以下の大会にしたのは、選手としての完成に時間がかかる最近の傾向を見てのものだ。

 そんななかで、高校を出ていきなりレギュラーになったばかりでなく、4試合連続得点という離れ業をなし遂げた城に注目が集まるのは当然のことだ。
 しかし城の欧州遠征参加には、いろいろな意見が出された。その多くは「Jリーグの大事なときになぜ高校生の遠征に行く必要があるのか」という論調だった。もうプロになったはずの選手が、しかも一軍で出場しているばかりか、得点争いで首位にまで立っている男が、アマチュアといっしょに子供の大会に出る必要はないのではないかということだ。

 こうした意見には賛同できない。城は当然この遠征に行くべきだったし、帰ってきたいま、「行ってよかった」と感じているに違いないと思う。サッカー選手にとって、「よそのメシを食う」のは、ときとして非常に有意義だからだ。
 Jリーグのチームではベテランに囲まれ、全部お膳だてしてもらったチャンスを決めることだけに集中すればいい。しかし高校選抜にはいったら、プレーの面ばかりだけでなく、精神面でも中心にならなければならない。チャンスをもらうだけでなく、他の選手につくってやらなければならない。この状況下でいつものプレーができるのか。
 4カ月前には同じグラウンドでライバルとして対等に戦っていた選手たちが、いまは彼を「スター」として見ている。そうした選手たちに、「やっぱりプロは違うな」というプレーを見せることができるのか。

 サッカーの「実力」というのはおもしろいものだ。精いっぱい背伸びした上のレベルでできたことが、ずっと低いレベルの試合でできないときがある。それは上のレベルでできたことが「実力」ではないということだ。
 逆に、上でできたことが下でも余裕をもってできれば、自信になるだけでなくそのプレーに対する理解も深まる。いつでも一生懸命にやるという姿勢さえ崩さなければ、血となり肉となる材料はどんな試合にもころがっている。

 テレビのニュースでかいま見る限りでは、城は相手に反則され、転がされるたびに悔しさを満面に表していた。きっとJリーグの3試合ぐらいの犠牲など問題にならない大きなものをつかんできたに違いない。それは、ジェフにも日本のサッカーにも、歓迎すべきことのはずだ。
 それでは、人気者がJリーグを休むことで都合が悪かったのは、いったい誰なのだろうか。

(1994年4月12日=火)
クリエイティブ・コモンズ・ライセンス

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1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

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