サッカーの話をしよう

No.43 リレハンメルの感激

 「魔物が住む」がすっかり流行語になったリレハンメル冬季五輪。忙しいといいながら、ついテレビに見いってしまった。なかでもノルディック複合の優勝の瞬間は感動的だった。
 日本が優勝したからではない。「敗れた」ノルウェーの観客のすばらしさに感激したのだ。
 2位に大差をつけてゴールに迫る日本のアンカー荻原に、たくさんのノルウェー国旗が振られ、大きな歓声が沸き起こった。自国が負けた相手にこれほど見事な拍手を送ることができるという点だけで、この国にはオリンピック開催の権利があったと実感できた。

 ノルウェーの観客を見ていて思い出したのは、スコットランドのダンディー・ユナイテッドというクラブのファンの話だ。
 87年のUEFA(ヨーロッパ・サッカー連盟)カップの決勝戦。この大会は決勝も「ホームアンドアウェー」の二試合制で行われる。スウェーデンのIFKイェーテボリと対戦したダンディーは、アウェーでの第1戦を0−1で落とし、ホームゲームを迎えた。
 ダンディーは勝たなければならない。しかも1勝1敗で2試合の合計得点が同じ場合にはアウェーでの得点を2倍にして計算するという規則があるため、1−0、あるいは2点以上の差をつけなければならい。だが開始わずか20分で先制点を許してしまう。後半、3点を取らなければならないダンディーは必死に攻めたが1点返すのがやっと。1−1で終了し、イェーテボリの優勝が決まった。

 こうしたとき、普通なら不満をつのらせたファンが物を投げたり、口笛を吹いたりする。だがダンディーのファンがとった態度は、まったく逆だった。全員が席から立ち上がり、イェーテボリのイレブンに盛大な拍手を送ったのだ。
 このようなファンの態度は、残念なことに一般的とはいえない。この年に始まった国際サッカー連盟のフェアプレー賞に、ダンディーのファンが選出されたほどだったからだ。

 スポーツは勝負であり、大きな犠牲を払った者にのみ栄冠が与えられる。勝負は厳しい。だが元来、スポーツは「楽しみ」であり、見る者に「喜び」を与えるものであるはずだ。
 国や町を愛する心から地元チームを熱狂的に応援することは、とてもすばらしい。だが同時に、相手も尊敬し、いい点をほめ、勝利を祝福する美しい心も、人間は本来もっている。それを当然のように示すことができたのがダンディーのファンであり、ノルウェーの観客だった。

 開幕まであと10日あまりとなったJリーグ。昨年の盛り上がりは続くのだろうか。1年目にいろいろと出てきた問題点は解決されていくのだろうか。期待と不安が交錯する。
 そのひとつが、サポーターたちの「成長」だ。
 昨年1年間で、日本のサポーターはすっかり根づいたものになった。日本のサッカーシーンを根本的に変えたのは、サポーターの登場と増殖だった。彼らの歌や拍手が試合の盛り上げにもたらした効果は、計り知れないものがある

 だがそれはダンディーやノルウェーのファンのように成熟したものだろうか。地元チームを励ますだけでなく、相手チームのすばらしいプレーに拍手を送ることができるサポーターがどれだけいるだろうか。
 誕生したばかりで成熟を求めるのが酷であることは承知している。しかし外国の受け売りで相手チームにはブーイングをするのが当然と思っていたら、サポーターたちばかりでなく、ファン、サッカー全体にとって大きなマイナスだ。

(1994年3月1日=火)
クリエイティブ・コモンズ・ライセンス

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