サッカーの話をしよう

No.38 ジーコひとりを非難する気にはなれない

 Jリーグ・チャピオンシップ第2戦でのジーコの退場事件は、大きな反響をもたらした。いろいろな記事を読むと、ひとつの傾向が見えてくる。それは「ボールにつばをはくなんて、人間として許せない」というような論調だ。

 ひとつ確認しておかなければならないのは、つばをはいたから2回目の警告を受けたわけではない。PKをけりなさいという主審の笛が鳴ってからペナルティーエリア内にはいってきたから警告されたのだ。
 2回目の警告によって彼は自動的に退場になり、つばをはき、主審を侮辱する態度をとったことで、4試合の出場停止という処分がJリーグ規律委員会で決定された。この裁定は当を得たものであったと思う。
 だがこの事件によって、ジーコを「神様」のように思っていた多くのファンが傷つき、ジーコ自身も日本でのプレーに嫌気がさしてきたように見えるのは、非常に不幸なことだ。

 問題は、この事件の原因が、ひとつの試合、ひとつの判定ではないという点にある。ジーコは2年以上も前から日本の審判のレベルの低さを指摘し、92年の秋からは、さらに「有名なチームに有利な笛を吹く。審判が相手チームの味方では勝つことができない」などと公言していた。
 こうした不信感が最近の試合でさらに募り、ジーコの目にはオブストラクション(PKにはならず、間接FKになる)以上のものには見えなかった反則をPKにとられた時点で自制心を失ってしまったのだ。
 プロフェッショナルの鑑であるジーコとしては、愚かで意味のない行動だったが、理由のないことではなかった。残念でならないのは、ジーコの審判に対するいわば「被害妄想」を、アントラーズやJリーグがいい方向にもっていくことができなかったことだ。

 当然、アントラーズの責任は大きい。いくら世界的なスターだといっても、言いたい放題にさせてきたことが今回の事件の最大の原因となっているからだ。
 しかし同時に、Jリーグにも、なんらかの方策をとってほしかったと思う。ジーコといえば、世界の誰もが認めるスーパースター。スタート前のJリーグを世界に知らしめ、国内でも一般の目を引かせたのは、リネカー、ジーコの存在が大きかったはずだ。
 そのジーコがとくに審判に関して大きな不満をもっていることは、川淵チェアマンの耳にも届いていたと思う。リーグの責任者として、一選手を特別扱いするのは問題があるかもしれない。だが、ジーコのキャリアとプロとしての見識に敬意を払うなら、話し合いをするなどの対処があってもよかったのではないか。

 ジーコがグラウンドに立ったことで、チャンピオンシップ第2戦は久びさにサッカーの面白さを見せてくれる試合となった。40歳とはいえ、ゲームのツボを押さえたタイミング抜群のプレーは、速さや激しさが前面に出た現代のサッカーでは、貴重な「宝」と呼んでもいいものだ。
 ひとりのサッカーファンとして、彼のプレーをもっともっと見たい。少年たちに見てもらいたい。つまらない誤解で、かけがえのないものを失いたくない。
 ジーコの行為はほめられるものではないし、本当に馬鹿げたものだ。しかし誤解を招くことを恐れずにいえば、私はジーコひとりを非難する気にはなれない。世界でも10年にいちど生まれるかどうかというスーパースターが、幸せな気持ちで現役生活にピリオドを打てるよう、日本のサッカー界がほんの少しの努力をすることは、意味のないことだろうか。

(1994年1月25日=火)
クリエイティブ・コモンズ・ライセンス

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