サッカーの話をしよう

No.33 サポーターを根付かせるために

 1993年は日本のサッカーにとって歴史的な年だった。新聞・雑誌には過去数10年間に日本で印刷された全記事に匹敵する量の情報があふれ、テレビでは時間にして数倍の番組やニュースが流れた。
 これを可能にしたのが、スタジアムのすばらしい盛り上がりぶりだった。選手の意識が変わって試合も迫力十分になった。それを満員のスタンド、そしてサポーターの存在が支えた。

 「Jリーグ」とともにすっかり時代の言葉になってしまった「サポーター」。視覚と聴覚に訴える彼らの存在は、プロサッカーに欠くことのできない要素だ。かつて、日本のサッカーが「つまらない、迫力がたりない」と思われ続けた大きな要因は、がらがらのスタンドと、サポーターの不在だったからだ。
 だが、ヨーロッパや南米などの「サッカー先進国」では、「サッカーの重要な一部」であるべきサポーターが時として大きな問題となっている。スタンドでの暴力、スタジアム周囲での暴行などを起こす一部の青少年は「フーリガン」(ならず者)と呼ばれ、社会問題化している。失業率の高さなど、若者にとって「明日」に希望がもてない社会が、その背景にある。

 12月11日の天皇杯2回戦で、浦和レッズのサポーターが宇都宮のグリーンスタジアムの警備員とトラブルを起こした。テレビのニュースはサポーターが物を投げたり、警備員ともみ合うシーンを流し、スポーツ紙は「フーリガン」と報じた。逆転負けのはらいせという理由だった。
 紙くずや空き缶を投げたり、「審判を出せ」と本部に押しかけるなどの行為は許されるものではない。しかし事実はそう単純ではなかったようだ。
 初めて見るレッズのサポーターの迫力に、警備担当者が過剰に反応したこと、ゴール裏のサポーターではなく、一般席のファンから投げられた物もある。それをすべて、「サポーターが悪い、フーリガンだ」で片づけるのは、あまりに短絡的ではないか。

 以前も書いたが、レッズばかりでなく日本のサポーターの中心は外国の状況をよく知っている。自分たちのなかからフーリガンを出さないためにどうしたらいいか、非常にしっかりと考え、行動している。
 9月3日にレッズが浦和でヴェルディに0−6で負けたとき、スタンドの一般ファンが物を投げ始めた。すると、サポーターたちはいっせいに叫び、「レッズが好きなら投げるのはやめろ、投げるならオレたちに向かって投げろ」と言ったという。

 天皇杯の1回戦では、レッズの試合の後にダブルで組まれた横浜フリューゲルス対田辺(関西リーグ)戦で、レッズのサポーターたちが田辺に熱狂的な声援を送った。初めてサポーターの歌声を背に試合をした田辺はすばらしい戦いを展開し、終盤には1点を奪う健闘を見せた。
 試合後、感激した田辺の選手たちは、自社の応援団へのあいさつの後、全員でレッズのサポーター席に向かった。後日、感謝状まで届いたという。
 いまやサポーターの存在は当然のものとなり、だれもその価値を語ろうとはしない。だが、日本のサポーターはまだ完全に根づいたものとはなっていない。周囲の扱い方ひとつで、消えてしまうかもしれないし、フーリガンと化すことも十分考えられる。
 サポーターがサッカー文化の重要な一翼を担うものであるなら、周囲の関係者やマスメディアの責任は大きい。日本で本格的なサポーターが定着するか。この歴史的な年の暮れ、私たちはその岐路に立っている。

(1993年12月21日=火)
クリエイティブ・コモンズ・ライセンス

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1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

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