サッカーの話をしよう

No.11 思いやりの心にフェアプレー賞を

 ジェフ市原の攻撃陣に新しく加わったフランク・オルデネビッツは、1988年のFIFA(国際サッカー連盟)フェアプレー賞の受賞者である。
 ブレーメンに所属していた彼は優勝をかけた試合で自陣ゴール前でハンドの反則を犯した。だが主審はこれに気づかずCKを指示。相手選手のアピールで主審がオルデネビッツにたずねると、彼はすぐに自分の反則を認めた。主審は相手チームにPKを与え、ブレーメンは0−2で敗れた。
 もちろん、ドイツでもこの行為は大きな話題となった。しかしブレーメン・クラブは非難するどころか、スポーツマンらしい行為として称賛したという。

 長い間中断していたフェアプレー賞の表彰をFIFAが再開したのは87年のことだった。以来5回のうち個人の受賞者が3人。そのなかの2人が現在Jリーグに所属している。もうひとりはもちろん名古屋グランパスエイトのゲーリー・リネカーだ。
 個人でない2回のうちひとつはスコットランドのダンディー・ユナイテッドのサポーターだ。UEFAカップの決勝で敗れたときに、優勝した相手チームを盛大な拍手で祝福した行為が多くの人の心を打った。
 もうひとつはトリニダードトバゴ・サッカー協会。ワールドカップの最終予選で敗れたとき、普通なら葬式のような雰囲気になるところだが、試合終了と同時に町はお祭り騒ぎになったという。これほどまでに熱狂させてくれた代表チームとサッカー自体への感謝の気持ちの表出だった。

 Jリーグにもフェアプレー賞の表彰制度がある。しかしこれは、警告と退場の回数をポイント制にして争う方式。FIFAの表彰とはずいぶん意味が違う。
 FIFAは「プレーを離れた面でサッカー自体の価値を高めた」行為を表彰する。FIFAはこうした行為を「フェアプレー精神の発露」としている。
 この観点で考えてほしいのが、7月7日、Jリーグ第1ステージの優勝を決めたときに鹿島アントラーズがとった行動だ。当日のグラウンドで胴上げが行われなかったことは報じられたが、その真の意味を伝えたマスコミは少なかった。

 宮本監督は「まだ2試合残っているから」と説明した。しかしそれは彼の奥ゆかしさを示すものだった。胴上げしなかった真意は浦和のファンへの心づかいだったのだ。
 昨年、プロ野球のヤクルトが甲子園で阪神を破って優勝を決め、当然のように胴上げをした。これに阪神ファンがブーイングを浴びせたことはずいぶん非難された。しかし非難されるべきは、阪神ファンの心情も考えず無神経な行動をしたヤクルトではなかったか。
 敗者に勝者をたたえる潔い態度が必要だとしたら、勝者に必要なのは、ほんの少しの慎み深さだ。
 浦和ファンの前での胴上げを差し控えたアントラーズの行為こそ、FIFAのいうフェアプレー精神あふれるものだった。ポイント制のフェアプレー賞の意義も大きいが、こうした行為への表彰もぜひ考えてほしい。それによってアントラーズの行為はJリーグの美しい伝統となるはずだ。

 3日後、アントラーズは地元ファンの前でサンフレッチェ戦を戦った。不運にも(本当に不運だった)敗れたが、全力を尽くした戦いに、人びとは満足し、盛大な拍手を送った。
 試合後、フィールドの中央でファンにあいさつする宮本監督が思わず言葉につまったとき、選手たちはさっと監督を囲み、胴上げを始めた。これまでに見たことのない感動的な胴上げを生んだのは、アウェーのファンを思いやる優しい心づかいだった。

(1993年7月13日=火)
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