サッカーの話をしよう

No147 死んだ「アクティブエリア」

 話は1994年ワールドカップの準々決勝、ブラジル×オランダ戦から始まる。
 後半、1点をリードされたオランダが反撃に出る。だがブラジルが自陣中央でボールをカット、一気に最前線にロングパスを送る。ボールの飛ぶ先には、完全なオフサイドポジションにブラジルFWロマリオがいる。誰もが、ラインズマンの旗が上がり、レフェリーの笛が鳴ると思った。
 だが、どちらも起こらない。ロマリオはややうつむいて自陣に向かって歩き、プレーをしようという素振りさえ見せない。そして右手を上げてアピールするオランダDFの脇をブラジルFWベベットが駆け上がっていく。フリーでボールに追いついたベベットは、GKをかわして楽々と2点目を決めたのだ。

 大きな議論となるゴールだった。判定が、国際サッカー連盟(FIFA)が大会前に示したオフサイドルール適用のガイドラインと食い違っていたからだ。
 オフサイドポジションにいても、それだけでは反則にはならない。その選手が「積極的にプレーに関与」したときに初めて反則になる。そしてその判定は、その選手が仮想の「アクティブプレーのエリア」にいたかどうかで決するというのが、大会前のFIFAの説明だった。ロマリオはこのエリア内にいたのだ。

 だが、FIFAはこの判定についてはっきりとした解説をしなかった。そのため日本では、大会後も「アクティブプレーのエリア」がこうしたケースの判定の基準となった。
 ところが最近、FIFAはルールに関するVTRを発売し、そのなかで、「エリア」に関係なく積極的にプレーに関与した行為(アクティブプレー)だけをオフサイドとするという考えを示した。ロマリオのようにプレーする意図がなければ、オフサイドにはならないというのだ。日本でも、今季からこの基準でレフェリングを行っている。

 この判断は、当然のことながら、まずラインズマンが行わなければならない。ラインズマンは「確実にオフサイド」と判断したとき以外は旗を上げてはならないのだ。
 オフサイドは本来ボールがけられた瞬間に決まるものだが、新しい解釈では状況によってはボールが渡った選手だけが問題になる。当然、旗を上げるタイミングは遅くなる場合もある。
 これは実際には、非常に大きな「ルール改正」である。混乱を避けるため、Jリーグではシーズン前に各チームにこの変更がはっきりと通知されている。

 あるチームでは、新しい解釈を「利用」する作戦まで練習したという。
 ところが最近、いくつものテレビ放送でこの新解釈を知らないと思えるコメントがなされた。そして「相変わらず審判のレベルが低い」という印象をファンに与えてしまった。
 今季前にJリーグが各チームに「ルールテスト」を実施したのは、こうした不必要な混乱を避けることが目的だった。それは、選手やチーム関係者だけでなく報道関係者をも含めての呼びかけであったはずだ。
 これまでのいわゆる「審判問題」には、今回のように報道側の無知や理解不足が原因となったことも少なくない。ルールやその解釈は毎年変わる。そのフォローを怠ってはならない。

(1996年4月22日)
クリエイティブ・コモンズ・ライセンス

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