サッカーの話をしよう

No111 おかしいJリーグの勝ち点制度

 これまでにない大混戦で最終節まで優勝争いがもつれ込んだJリーグ第1ステージ。もたつくマリノス、総崩れの「優勝候補」、ジェフ、レッズ、グランパスの快進撃、そしてヴェルディの驚異の追い上げなどがあって、ずいぶん楽しませてもらった。
 だが一方で、どこか「おかしいな」という気持ちをぬぐい去ることができなかった。それはチームの「順位」が、私の感じるチームの「成績」とずいぶん違うことだった。

 第1ステージの最終順位を見ると、優勝はマリノス(勝ち点52)、2位はヴェルディ(49)。それを追って3位レッズ(48)、4位グランパス(46)、以下ジュビロ、ジェフ(ともに45)、ベルマーレ(43)、アントラーズ(42)となっている。
 ところが私の「感覚」では、レッズ、グランパス、ジェフの3チームよりベルマーレのほうが上であり、ジュビロ、アントラーズももっと順位が上でいい気がするのだ。

 今季のJリーグでは、90分間以内だけでなく、Vゴール、PK戦の勝ちにも3、PK負けに1の「勝ち点」を与えている。昨季までは単純に勝ち数だけで順位をつけていた。しかし昨年の第2ステージで3試合連続PK負けをしたチームがあり、「気の毒」という議論が出て、今季の制度になった。
 「おかしい」と感じるのは、90分間での勝利が少ないレッズとグランパスが上位にいることだ。現在の「世界標準」である「勝ちに3、引き分けに1」の勝ち点で計算してみると、それはよりはっきりする。

 延長以降の成績をすべて「引き分け」として計算すると、マリノスは25節で優勝を決定している。マリノス(14勝)に次ぐ12勝をあげたベルマーレは4位に、そして11勝のジュビロが3位にはいる。レッズは、アントラーズとジェフにも抜かれて7位、グランパスは8位だ。
 サッカーは90分間で勝ち負けを争うゲーム。90分間で勝つチームだけが栄冠を勝ち取ることができるもののはずだ。

 かつての「世界標準」は「勝ち2、引き分け1」だった。だがこれでは引き分け狙いの消極的な試合をなくすことができないと、いまの方式になった。すなわち、90分内に徹底的に勝に行くサッカーが、現在の世界の主流なのだ。
 ところが、Jリーグでは90分間で決められなくても、「延長Vゴール」、さらにPK戦までもつれこんでも、最終的に勝利をつかみさえすればまったく同じ扱いをされる。
 これでは、90分間で勝利をつかむ実力を問う「リーグ戦」の成績を正当に順位に反映することはできない。同時に、「90分間で勝たなければならない」という姿勢も失われる。

 Vゴール方式の存在自体にも問題があるが、もし今後も「Vゴール−PK戦」という形であくまでも決着をつけようというのなら、新しい勝ち点方式の提案をしたい。
 90分内の勝利に3、Vゴールでの勝利には2、そしてPK戦での勝利には1点だけにする。どんな形でも、負けには「勝ち点」は与えない。
 これなら90分間で勝負をつけようという意欲が強まる。延長になれば勝ち点2を争って激しい試合となるだろう。そしてPK戦では、「せめて1勝ち点だけでも」と必死になる。
 この方式で第1ステージの順位を出すと、国際標準の「3−1」方式による順位に近い結果となる。それはすなわち、チームの成績が正当に順位に反映されているといえるはずだ。

(1995年7月25日)

No110 チームゲームは個人記録よりチームの勝利

 「サッカーはチームゲームの究極のものだ。誰も自分ひとりで試合に勝つことはできない。ペレというのは有名な名前だが、ペレがゴールを記録できたのは味方がタイミングのいいパスを出してくれたからにほかならない。そしてブラジルが勝利を重ねたのは、ペレが、個人技ではなく、チームメートにパスしてゴールにつなげようとプレーしたからだ」(「20世紀最高のスポーツ選手」に選出され、文句なく過去最高のサッカー選手だったペレ=ブラジル=の自伝より)
 最近、「チームゲーム」というものについて考えさせられたのは、アメリカ大リーグでの野茂の大活躍の報道ぶりからだった。

 「16も三振をとった。勝利投手になった。完封した。6連勝した。オールスターで先発した」
 次から次への予想を上回る活躍に、日本のマスメディアは熱狂した。もちろんそのいずれもすばらしい業績だ。しかし天の邪鬼の私は考える。
 「いや、何よりもすばらしいのは、野茂の活躍でドジャースがリーグ首位になったことではないか」

 本来、チームゲームで最も重要なのは「チームの勝利」である。誰が何安打した、何得点をあげたなどの個人記録は、付随的なものにすぎない。それは野球、サッカー、ラグビー、どんなチームゲームにおいても変わらない原則だ。
 しかし日本では、チームの成績と同じように、場合によってはチームの勝利に優先して個人記録が重要なものとして語られる。
 ヴェルディの快進撃より武田の「連続ゴール」のほうが大きく扱われる。アントラーズが優勝戦線から大きく後退したことより本田の「100試合目の初得点」が優先してニュースで流される。サッカーでも、チームゲームであることを忘れた報道が少なくない。
 マスメディアのこうした姿勢は、少年や若い選手たちに「個人記録さえよければ、チーム成績はどうでもいい」という風潮を生む。それはゲームに取り組む姿勢に影響を与え、「ゲームの本質」に気づかぬまま、大成できない選手を生み出すことになる。

 昨年のワールドカップでアメリカの組織委員会が出した「公式記録」には驚いた。個々の選手の出場時間(分数)、シュート数はもちろん、何本FKをけったか、いくつファウルをしたか、何本相手にCKを与えてしまったかなど、なんと23項目にもわたって数字が出ていたのだ。
 細かな記録をつけることで、何らかの傾向、チームや選手の特徴を見ることはできるかもしれない。しかしそれはけっして「ゲームの本質」ではない。

 「得点王なんてどうでもいい」と、ジュビロ磐田のスキラッチはことあるごとに語る。「チームが勝ち、少しでもいい成績を残すことが大事なんだ」。
 けっして「いいかっこ」をしているわけではない。「チームゲームの常識」のなかで育った者にとっては当然の言葉なのだ。
 連続得点の記録が途絶えても、武田は労をいとわぬ動きでヴェルディ快進撃の立役者になっている。本田は、初ゴールなど記録できなくとも、与えられた役割をこなしてチームが優勝戦線に残れれば百パーセント満足しただろう。
 サッカーはチームゲームだ。そしてチームゲームではチームの勝利に優先する個人記録など存在しない。

 冒頭で紹介したペレの自伝の書名は、『我が人生と美しいゲーム』である。ペレは、チームの勝利のために全選手が献身的にプレーすることこそ、「美しいゲーム」の基本条件であると力説している。

(1995年7月18日)

No109 GKコーチのレベルアップを図れ

 横浜マリノスのブラジル人ゴールキーパー(GK)コーチ、エジーニョが古傷の右ヒザを痛めたという話を聞いた。アルゼンチン人のコーチ陣が帰国してしまったため、オーバーワークになったからだという。
 現在、Jリーグでは大半のクラブに専門のGKコーチがいる。そのうち外国人が六人、オーストリアから一人、ブラジルからは五人も来ている。
 そして日本代表チームのGKの指導に当たっているのも、ブラジル人のマリオ・コーチだ。

 ことしはじめ、GKは日本代表の弱点のひとつだった。五月にベテランの松永成立(当時横浜マリノス)が所属チーム内でのトラブルが原因で代表から外れると、残ったのはほとんど国際経験のない選手ばかり。前川和也(サンフレッチェ広島)、小島伸幸(ベルマーレ平塚)、下川健一(ジェフ市原)の三人のGKが5月から6月にかけての国際大会の日本代表に選出されたとき、私は不安を感じずにいられなかった。

 前川は7試合の国際試合出場経験があったが、あとのふたりは出場経験ゼロ。しかも前川はボールを前に落とすクセがあり、Jリーグでも不安定なプレーを繰り返していたからだ。
 イングランドの3試合では負傷が重なって、結果的に3人が1試合、90分間ずつプレーするという、珍しいケースとなった。そのなかで、3人とも見事なプレーを見せたのは、うれしい驚きだった。
 前川はイングランド戦の立ち上がりに絶体絶命のピンチを防ぎ、その後の日本の大健闘を引き出した。小島はデビュー戦とは思えない落ちついた守備でブラジル戦を戦い抜いた。そしていちばん若い下川も安定した守備を見せた。
 いずれも甲乙つけ難い、すばらしいゴールキーピング。「いちばん不安なポジション」は、一転して「最も人材豊富なポジション」となった。そしてその陰には、マリオ・コーチのすばらしい指導があった。
 五月の合宿からの約一カ月間で、三人は大きく成長した。それは、良質のGKコーチと適切なGKトレーニングの必要性を再認識させるものだった。

 Jリーグのクラブはまだいい。下部のクラブになると、専門のGKコーチなどいない場合が多い。技術の習得で最も重要なユース年代、高校チームでは、GKの相手をするコーチさえいないところが圧倒的だ。 あまり知られていないことだが、GKが覚えなければならない技術の種類はフィールドプレーヤーとは比較にならないほど多い。そのすべてを身につけ、試合のなかで適切な技術一瞬のうちに選択し、正確に使わなければならない。これほど「指導者」が求められるポジションはない。
 だが現実は絶望的だ。GKコーチのいないチームでは、GKたちは互いにボールをけり合って練習するしかないのだ。

 「GKコーチ」の必要性の認識が第一。そして経験的なコーチングでなく、科学的な「GKコーチ学」を確立し、それを身につけたGKコーチの養成に力を注がなければならない。
 単独チームでGKコーチをもつことが難しい場合には、市単位のGK研修会や巡回コーチなど、「次善」の策が必要だ。
 GKの練習の中心はシュートを受けること。GKコーチは毎日何十本、何百本ものシュートを打たねばならず、非常にハードな仕事だ。しかしいいGKの存在は、チームにとっては毎試合ゴールをマークしてくれるストライカーと同等の価値がある。GKコーチングのレベルアップを早急に計らなければならない。

(1995年7月11日)

No108 デンマーク代表のメディアサービス

 「国際チャレンジ大会」取材のためにイングランドに滞在中、日本のメディア関係者たちは日本代表チームの予定などをそのときどきでチェックすることができた。日本代表の「プレスオフィサー」(報道担当)である加藤秀樹氏が持つ携帯電話の番号が、あらかじめ知らされていたからだ。
 2月に香港で行われたダイナスティカップのときにはホテルの電話番号しか知らされておらず、加藤氏が部屋にいなければ練習会場も時間もわからないといった状況だった。だがイングランドでは、チームの移動中でも予定を確認することができた。

 92年のヨーロッパ選手権を取材したとき、大きな印象を受けたのは、デンマーク代表のメディアサービスだった。
 ユーゴスラビアの資格停止で大会開幕のわずか1週間前に代替出場が決まったデンマーク。だが最初の試合には、チーム写真と選手全員のプロフィールやデータを入れた「メディアガイド」を用意していた。
 大会にはいると、これに毎日の「チームレポート」が追加された。ケガした選手の容態、前日行われた記者会見で監督や選手が何を話したかなど、こと細かに情報が伝えられた。

 デンマーク協会の職員であるプレスオフィサーにはひとりアシスタントが付いていた。それがリリースのコピーやプレスセンターでの配付など、きめ細かいサービスを可能にした。アシスタントは、チームスポンサーであるデンマークの乳業公社のスタッフだった。
 毎日のリリースの最後には、チームホテルの電話番号、ファックス番号のほかに、プレスオフィサーの名前と部屋番号、そして緊急時の携帯電話番号がはいっていた。デンマークは、他国の代表と比べると、メディアに対して非常に「開かれた」チームだった。

 こうした活動は、すべて「報道関係者の仕事を助ける」という立場からなされたものだった。もちろん、デンマークのメディアも批判的な記事を書いたり、監督の選手起用を非難することもある。だが何を書かれようと、プレスオフィサーはいつも最大限の努力を払ってメディアの要請に応えようとしていた。
 これは、企業の「広報活動」、すなわち、「宣伝してほしいことだけを書かせるために報道関係者と接触する」といった立場とは、180度方向が違う。
 ときには都合の悪いことや、手厳しい批判を書かれるかもしれない。だがサッカーを支えるファンの大半は、メディアを通じてしかチームの状況を知ることができない。メディアの仕事を最大限援助することが、ファンや社会に対するサッカー協会の責務であると考える。それが「報道担当」の仕事の原則なのだ。
 では、日本ではどうだろうか。

 日本サッカー協会の「広報」は、過去一年の間に大きく改善された。各種代表チームの活動には必ずプレスオフィサーが付き、報道への窓口になっている。改善すべき点はまだまだ多いが、方向は正しい。
 それに対し、Jリーグはやや「企業広報」的になっているように見える。一般への「広報活動」が主で、「メディアサービス」という考え方は薄いように感じる。当然、所属クラブにも同様の傾向がもつところが少なくない。
 「できれば書いてほしくない記事」や「批判記事」が、協会やリーグ、クラブにとってプラスになるか、私の判断するところではない。だが「報道」に対する姿勢に、リーグやクラブが自らの社会的な責任を認識しているかどうかの指標が見られるように思う。

(1995年7月4日)

サッカーの話をしようについて

1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

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