サッカーの話をしよう

No89 ジェノバ事件は他人ごとではない

 イタリアのジェノバで起きたサポーター同士の殺人事件は、世界に大きなショックを与えた。そして残念なことに、この事件は日本のサッカー界にとって「他人ごと」ではない。というより、明日にも、Jリーグの試合で起こっても不思議はないのだ。

 日本のサポーターが悪いという話ではない。
 細かなトラブルはあっても、Jリーグを中心に誕生したサポーターたちはまだまだ常識を失っていない。外国の「フーリガン」化の歴史などを教訓とし、自分たちでコントロールしている例も少なくない。
 世界で最も新しいプロサッカーリーグとして誕生したJリーグ。「ジャパンマネー」でのスター獲得ばかりが話題となっているが、世界のサッカーにとってそれ以上に重要なのは、平和そのもののスタンドだ。
 このリーグではサポーターが心からチームを愛し、サッカーを楽しんでいる。それは、世界に向けて日本のサッカーが最も誇るべきメッセージである。

 心配なのは、肝心のクラブ側がサポーターたちをまったく把握できていないことなのだ。
 どんな組織があって、誰がリーダーで、どんなメンバー構成になっていてどんな活動をしているのか。どういう手段で入場券を入手し、試合の日にはどんな活動をするのか。
 こういうことをしっかりと把握しているクラブがいくつあるだろう。その必要性を感じていないクラブも多いのではないか。
 日本リーグ時代には、スタジアムにきてくれる人はすべて同質の「お客さま」だった。しかしJリーグ時代のサポーターはまったく異質を観客をもたらした。
 サポーターは試合の雰囲気を盛り上げるのに欠くことのできない「主役」のひとつだ。と同時に、かつては思いもかけなかったトラブルの危険性をもった「諸刃のやいば」でもある。

 これまでのようにサポーターの自主性に任せておいていいのだろうか。トラブルが起きないように、各クラブも研究し、対策を立てておく努力が必要なのではないか。
 リーグの動向を見ていると、サポーターのトラブルを未然に防ぐというより、クラブの経営ばかりに目が行ってサポーターなど忘れてしまったのではないかと思える例も目につく。
 あるクラブでは、これまで自由席としてアウェーのサポーター席となっていた片方のゴール裏を指定席にしてしまった。自由席はこれまでホームチームのサポーターが占領していた場所にしか用意されていない。このクラブは、両チームのサポーターをいっしょにしようというのだろうか。

 サポーター席の配置とともに重要なのは、どんな観客がくるかを把握することだ。クラブは入場券販売システムを再考しなければならない。
 オンラインのチケットサービスで、誰に売っているかわからない状況ではいけない。地元のファンやサポーターを中心に売るようにし、相手チームのサポーターには相手クラブを通じて販売するようにしなければならない。
 それによって、初めて誰がくるのかをクラブが把握することができる。サポーターを含めたすべての観客コントロールは、入場券の販売から始まる。

 昨年まで大きなトラブルがなかったといっても、今後ないと誰がいえるのか。サポーターが誰で、どんな人が観戦にくるのかを知らずに運営を続けていたら、いつか必ず大きなトラブルの元になる。
 「ジェノバ事件」は他人ごとではない。その認識をもつことが第一だ。

(1995年2月7日)
クリエイティブ・コモンズ・ライセンス

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1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

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