サッカーの話をしよう

No53 子どもたちにワールドカップを与えるか、麻薬を与えるか

 5月13日は日本のサッカー関係者にとってショッキングな1日だった。
 日本政府のマラドーナへのビザ発給拒否はアルゼンチンのキリンカップ参加取り止めを引き起こし、クアラルンプールではアジア・サッカー連盟(AFC)の選挙で日本の村田忠男氏が落選し、狙っていた国際サッカー連盟(FIFA)副会長の座を逃した。

 大きな問題は、このふたつの出来事がが2002年ワールドカップの日本招致に影を落とすのではないかということだ。
 ワールドカップの開催には「政府の保証」が不可欠な条件になっている。そしてそのなかには、FIFAが認めた役員、選手団、報道関係者など、すべての人にビザを与えるという条項が含まれている。今回のマラドーナへの対応は、日本には国際的なサッカーを受け入れる態勢ができていないのではという懸念を抱かせる危険性がある。

 だが、今回の政府決定をワールドカップの招致に結びつけて非難するのは妥当ではないと思う。
 政府(法務省)の判断は「麻薬所持で逮捕された経歴のある者にはビザを発給しない。今回も例外は認めない」というものだった。
 麻薬は、エイズと並んで21世紀の世界を脅かす大問題。日本では厳しい税関や取り締まりなどで、諸外国ほどの広がりは見せていないが、それでも徐々にその被害は広まっている。
 マラドーナがどのようで経緯でコカイン使用に走ったかは知らないが、それを常用し、また保持しているところを検挙されてイタリアで有罪の判決を受けたのは事実である。そして法務省の方針が、現在はどうであろうと、そうした経歴のある者を入国させないというのなら、それはそれでひとつの「見識」だ。

 ワールドカップ開催は、サッカーのみならず、日本の社会に大きなプラスになると思う。大衆に最も身近なスポーツであるサッカーを通じて世界と交流することは、日本と日本人にとって非常に意義が大きい。同時に、青少年に夢を与える大会になるだろう。
 だがそれはあくまで、スポーツの大会にすぎない。「子供たちにワールドカップを与えますか、麻薬を与えますか」という質問をされたら、どこに考える余地があるだろうか。

 AFC選挙が前述のような結果になったことも、韓国がなりふりかまわぬ「選挙運動」をした結果であることは明らか。日本のサッカーに対する熱意や姿勢、あるいは村田氏個人の能力に対する評価が反映されたものではない。
 このようなことで招致に疑念を抱く必要はない。

 日本は麻薬に毒されていない安全で健全な社会であり、国民は心温かく親切さにあふれ、そのうえに大会を運営し、遂行する能力が優れているなど、ワールドカップ開催にふさわしい条件を備えていることを、これからも強くアピールするべきだ。それによって日本で開催するワールドカップが、大会本来の楽しさにあふれたものになることを理解してもらうことだ。
 ワールドカップの日本開催が、日本にとっても、またその大会を享受する世界にとっても価値のあるものであることを心から信じている人なら、今回の事件ぐらいで信念が揺らぐことはないはずだ。

 アルゼンチンが来日中止を発表した晩、東京のテレビではアルゼンチン代表の最新の試合が放映されていた。そしてマラドーナはいまだにとてつもない天才であることを示していた。このチームが来日しないのはファンとしては悲しいことだ。だが、現時点では仕方のないことだった。

(1994年5月17日=火)
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