サッカーの話をしよう

No19 キックインは不成功

 先週の土曜日に閉幕したU−17世界選手権。大きな話題となったのがスローインに代わる「キックイン」の試験的採用だった。サッカーをより面白いものにし、21世紀にも人類のよき友であるための改革案のひとつだ。

 キックイン導入で期待されたのが、「実際のプレー時間」(インプレーでボールが動いている時間)を伸ばすことだった。
 相手のマークが厳しいため、スローインがなかなか投げられない場合が多い。キックインでは相手側は9.15メートル以上離れなければならないことにしたので、試合がスムーズになると期待されたのだ。
 だがU−17では、この点についてはいい結果は得られなかった。全三十二試合の「実際のプレー時間」の平均は47分間。このデータは、これまでの大会とほぼ同じだった。
 とくに日本は、相手陣でのキックインを重要な武器と考え、財前に大半のキックをさせた。キックインではオフサイドがないので、193センチの船越が相手ゴールキーパーの前に立ち、ロングパスを送るという戦法を使ったのだ。
 財前がボールまで行く時間、味方がゴール前に進む時間、そして呼吸を合わせてけるまでの時間と、日本は長い時間を浪費した。開幕戦では相手のガーナが対照的にすばやいキックインをしていたのに、インプレーの時間はわずか41分間しかなかった。

 FIFAのブラッター事務総長は「キックインの最大の目的は攻撃的で見て楽しいサッカーをさせることにある」と説明した。キックインによってゴール前でのスリリングなプレーが増えるという期待だった。
 たしかに、キックインでゴール前の競り合いは増えた。しかしサッカーの面白さは、ゴール前だけにあるものだろうか。中盤での緻密なプレーが減り、サッカーが大味なものになってしまうのではないか。
 「味方からのパスに対しゴールキーパーは手を使えない」という新ルールを、FIFAは昨年採用した。これは攻撃的なプレーを増やしたと好評だ。
 しかし元来ロングパスが多いイングランドでは、バックパス自体は減らず、それをキーパーが直接大きくけり返してしまう。その結果試合がつまらなくなったと評判が悪い。

 サッカーをより楽しくするため積極的にルールを改正しようというFIFAの姿勢は高く評価される。しかしどんな優れたアイデアも、それを実行する選手、さらにプレーを指示するコーチや監督の取り組み方ひとつでどのような方向にも行ってしまうものなのだ。
 キックインには賛成できないというのが、今大会を見ての私の結論だ。それよりも、スローインの規則に相手側選手は9.15メートル以上離れなければならないという条項を付け加えたらどうか。

 しかしこうしたルール改正でサッカーの魅力を向上させようという手段には限界があることをFIFAは知らねばならない。
 前述したように、サッカーの魅力を保つ最大のポイントは、試合を実行するコーチや監督たちの取り組む姿勢にある。とすれば、21世紀のサッカーの繁栄に向けていま取り組まなければならないのは、コーチの質を向上させることだ。
 もちろんFIFAは「後進地域」でのコーチングコースなどをすでに実施している。だがより重要なのは欧州や南米の「先進地域」のコーチたちの取り組む姿勢を改善させることではないか。10年単位の時間を要するかもしれない。しかしこれ以外にサッカーの魅力を向上させる道はない。

(1993年9月7日=火)
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