サッカーの話をしよう

No6 サポーターも社会貢献

 密かに心配していた。
 Jリーグのサポーター・コントロールだ。昨年のナビスコカップで誕生し、今季も試合ごとに増え続けているサポーター。しかし問題も生まれ始めていた。

 そのひとつが花火や発光筒、爆竹などの危険物。スタンドからの飛び下りにはいろいろと対策を実施されているサッカー界だが、花火や爆竹には抜本的な対策は練られていない。4月のワールドカップ予選でも花火、発光筒がスタンドで使用された。しかし優しい女性の声での「使用は禁止されております」の場内アナウンスがあったのみ。
 サポーターの活動が盛んになるにつれて、ライバルチーム同士のサポーターの衝突も懸念された。
 国際サッカー連盟が現在もっとも気にかけているのがスタジアムの安全と保安の問題。地震国日本だけに建築の基準が厳しく、外国に見るような危険な観客席はまずない。しかし保安問題は、ほとんど考えられていないのではないか。

 外国では、スタジアムの保安対策としてまず入場者の持ち物チェックを行う。ここで花火や発光筒などの「危険物」の持ち込みはストップされる。そして場内では、ホームとアウェーのサポーターはきっちりと分かれた場所に入れられる。
 開幕以来、花火や爆竹はいろいろなところで見られた。そのたびに係員が飛んでいったが、危険物を投げ込んだ「犯人」を探すことは不可能だった。
 とくにヒヤっとしたのは4月19日、浦和駒場で行われた試合。ロケット花火、発光筒、爆竹と、危険物のオンパレード。このままでは入場者の全員に持ち物チェックを実施しなければいけないと感じた。

  しかし──。
 この後何が起こったか、読者の皆さんは想像がつくだろうか。
 レッズのサポーターたちは、この試合後にスタンドで「反省会」を開き、こうした危険物は一切やめようと話し合ったというのだ。そしてリーダー格の青年たちが、若いサポーターたち(中学生、高校生が多い)に、「絶対にケンカはするな、スタンドから飛び下りようとする子供がいたら止めろ」などと、サポーターとしての心がまえ、守らなければならないルールを教えているというのだ。
 「いつまでも僕らがリーダーとしているわけにはいかないから、いまのうちに後輩たちにたたきこんでいるんですよ」と、あるリーダーは語る。 日本のサポーターは実に賢い。外国でサポーターがフーリガン(ならず者)になっていった過程をよく理解し、見事に教訓とした。

 5月26日にジェフ市原とのアウェー戦でレッズが東京・国立競技場に初登場したとき、競技場側は花火などの行為があるのではと、相当警戒した。
 しかし試合がが始まってみると、職員たちの不安は感嘆に代わった。レッズのサポーターたちは悪評高いチアホーンを使用することもなく、声と手拍子だけでチームを励ました。そして試合終了後、彼らはスタンドのゴミをひとつ残らず拾い集めて帰ったのだ。
 Jリーグの理念のひとつが「地域社会への貢献」。受験戦争とTVゲームでつながりを寸断された若者たちが、まるで昔の「ガキ大将」のようなリーダーたちに導かれているのは、Jリーグが生んだ新しい社会現象。間接的だが、このような形で社会に貢献できるとは、川淵チェアマンも予想していなかっただろう。
 開幕以来4連敗だったレッズ。チームの士気を保ち、地元初勝利をもたらしたのは、無条件の愛情を示し続けた日本一のサポーターの存在だった。

(1993年6月1日=火)
クリエイティブ・コモンズ・ライセンス

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