サッカーの話をしよう:【号外】アギーレ契約解除 私の見方
「サッカーボールを描いてみてください」
そう求められたら、いまでも多くの人が「白黒ボール」を描くのではないか―。
黒い正五角形12枚と白い正六角形20枚、計32枚のパネルを組み合わせることでつくられたサッカーボール。実際に使われた期間はそう長くはないのだが、日本に限らず世界中でいまもサッカーボールというとまずこのデザインが出てくるのは不思議だ。
1963年に西ドイツで考案された。当時までサッカーボールは12枚か18枚貼りで皮革のままの茶色か白だった。
元日本サッカー協会会長の岡野俊一郎さんによればスポーツボールに初めて32枚パネルを使ったのは水球だった。つかみやすくするための工夫だったという。32枚パネルは紀元前3世紀の数学者アルキメデス考案の種類の「半正多面体」の1つ「切頂二十面体(正二十面体の12の頂点を切り落としたもの)」だ。
サッカーボールを白黒にしたのは「夜間の試合でも見やすいもの」という意図だったとどこかで読んだ記憶があるのだが、「当時白黒放送だったテレビで見やすくした」というのが現在の通説だ。
誕生したばかりのブンデスリーガで使用され、ワールドカップでは70年と74年の両大会で使われた。32枚パネルはその後もずっとサッカーボールの主流だが、デザインはたびたび変わった。ワールドカップでの白黒ボールの寿命はわずか2大会だった。
1963年、生まれたばかりの白黒ボールを日本人も目にした。ドイツ遠征中に日本代表が使い、10月に来日した西ドイツのアマ代表も数個の白黒ボールを持参した。
2年後、日本サッカーリーグ(JSL)の初年度スタートに先立ち、常任運営委員のひとり西本八寿雄(古河電工=当時30歳)が採用を提案。日本サッカー協会の猛反対に屈せず使用を断行した。ドイツ製を手本にミカサが製作、後期開幕に間に合わせた。
その日、1965年9月12日、横浜の三ツ沢球技場での「古河電工×豊田織機」では、美しい緑の芝に白黒のボールが映え、スピーディーに動いた。年末の大学や高校の全国大会でも使われ、白黒ボールはたちまち日本中に広まった。
日本においてサッカーという競技が「アイデンティティー」のようなものを確立するのに、白黒ボール以上の役割を果たしたものはない。Jリーグ時代になってからはいちども使われたことがない。それでも、いまも多くの人が「サッカーボールといえば白と黒」と思っている。
きのう都内で、JSL発足50年を祝うパーティーが開かれた。「JSL50年」は「白黒ボール50年」でもある。

1986年 ドイツにて
(2016年6月9日)
「前門の虎、後門の狼」という言葉がある。「一難去ってまた一難」ということをたとえるときに引かれる中国の故事だが、いま国際サッカー連盟(FIFA)、なかでもブラッター会長への世界の風当たりを見ていると、なぜかこの言葉が思い浮かぶ。
私はブラッター会長がクリーンとは思っていない。会長に初当選した1998年のFIFA総会での選挙自体が、大きな疑惑に包まれていた。
最大の疑惑は2018年と2022年ワールドカップ開催国決定にまつわるものだ。ロシアはともかく、首都ドーハ以外に都市のないカタールで、最高気温が40~50度になる6月にどうワールドカップを開催するのか、FIFA理事会の正気さえ疑った。
ブラッターは、1974年から98年まで24年間会長を務めたアベランジェの下で長年事務総長を務め、後継者として98年からその地位にある。すなわちFIFAでは「アベランジェ・ブラッター体制」が41年間も続いていることになる。そしてこの期間にFIFAはワールドカップのスポンサーや放映権などで巨額の資金力をもつ団体となった。
だがこの間にFIFAをはるかに超える財政規模をもつようになった団体がある。欧州サッカー連盟(UEFA)である。90年代半ば以降、欧州の主要リーグは世界中から選手を集め、スター揃いのチャンピオンズリーグの成功で巨大な資金力もつに至った。
アベランジェはUEFA以外からの初めてのFIFA会長だった。彼が就任した当時のワールドカップ出場国は現在の半分の16だったが、欧州は9ないし10、南米は3ないし4の出場枠をもっていた。残りはわずか3枠だった。
アベランジェは「サッカーを真に世界のものにする」という公約で当選、ワールドカップ出場国を16から24へ、さらに32へと増やし、増加分をアフリカやアジアなどに厚く振り向けた。UEFA選出の会長時代が続いていたら、どうなっていただろうか。
そしていま、UEFAは域内に限らず広く世界から放映権収入をかき集め、誰も語らないが、欧州以外の国々を苦しめる最大の元凶となった。ひとつの国でサッカーに使われるカネの多くが自国のサッカー発展には使われず、欧州に流れ込んでいるからだ。
その「欧州の暴慢」に唯一抵抗しているのがFIFAであり、ブラッターなのだ。FIFAがこのままでいいわけがない。だが「前門の虎」を倒しても「後門の狼」に脅かされるのでは元も子もない。UEFAを世界のサッカーの支配者にしてはならない。
現代の中国で「前虎後狼」と言えば、聖人面をして裏で悪事を働く者を指すという。
(2015年6月3日)