No.994 サッカーにもチャレンジ制を?

 「テニスやラグビーのような『チャレンジ』制度を、サッカーにも採り入れたい」
 国際サッカー連盟(FIFA)のブラッター会長の発言が波紋を呼んでいる。
 長い間、サッカーは「レフェリーの目だけによる判定」に固執してきた。しかし4年前のワールドカップで重大なゴール認定の誤りが起き、ことしのワールドカップではボールがゴール内のゴールラインを越えたかどうかを判定する「ゴールラインテクノロジー(GLT)」が正式に導入された。
 しかし試合の行方を左右する判定はゴールライン上に限らない。PKはもちろん、オフサイドの判定も得点に直結することが多い。ブラッター会長の提案は、そうしたケースに監督が「チャレンジ権」を行使し、ビデオ検証を行うというものだ。ただしGLTはゴール判定に特化して開発されたものであるため、検証にはテレビ中継の映像が使われるという。
 スポーツの判定にテレビ中継映像を持ち込んだ最初は、日本の大相撲だった。いまから45年も前のことだという。ところが他の競技ではなかなか普及しなかった。超高速撮影や映像解析などの技術が進んだ21世紀になって、ようやく一般化した。いまでは10を超える競技で使用され、チャレンジ制度も一般化した。その背景には、テレビのリプレーにより、悪質なファウルも誤審もすべて白日の下にさらされてしまう現代のスポーツのジレンマがある。
 だがサッカーでは、ずっとその導入に大きなブレーキがかけられてきた。
 「プレーに関する事実についての主審の決定は、得点となったかどうか、また試合結果を含め最終である」というルール第5条の規定とその精神がサッカー界をリードしていたこともある。GLTの導入も、GLTがゴールの判定をするわけではなく、ボールがゴールラインを超えたかどうかをレフェリーに通知するだけというところが重要だ。
 マラドーナの「神の手」のような手を使っての得点の場合も、GLTはレフェリーの腕時計に「GOAL」のシグナルを送るだろう。「手を使ったからノーゴール」という判定は、レフェリー自身が下さなければならない。
 ファンを納得させる正しい判定のため、サッカーでも、遅かれ早かれ何らかの「ビデオ検証」が導入される可能性は高い。しかしそれが他競技と同じような「チャレンジ制度」なのか、それとも試合を止めた後にレフェリーが自主的に参照して最終的な判定を下すという形なのか、慎重に検討する必要がある。

(2014年9月24日) 

No.993 ブンデスリーガ日本人ナンバーワン奥寺康彦

 「奥寺ってどんな人?」
 30代の友人からそう聞かれて狼狽した。
 先週、ドイツ・ブンデスリーガの公式サイトがブンデスリーガで活躍した歴代日本人選手のランキングを発表。香川真司や岡崎慎司らを抑えて奥寺康彦が1位に選ばれた。だが日本の若いファンは奥寺を知らないという。私たちメディアの責任に違いない。
 1952年3月12日秋田県生まれ。神奈川県横浜市に移り、市立舞岡中学でサッカーを始めた。相模工業大(現湘南工科大)附属高校時代に注目され、日本リーグの古河電工に加入、18歳で日本代表にも選ばれた。だが腰の持病に苦しみ、爆発的なスピードとパワフルな左足シュートが真価を発揮するのは、76年、24歳を迎えたときだった。
 翌77年夏、日本代表の欧州遠征中にケルンの名将バイスバイラーの目にとまり、熱心にプロ入りを勧められる。当時のブンデスリーガは世界最高レベルだったが、外国籍選手は1クラブ2人に限定されていた。そのひとりに選ばれたのだ。だが奥寺は断った。
 現在では想像もつかないだろう。しかし68年メキシコ五輪から9年、日本のサッカーは「世界」から隔離された状態だった。結婚して一女をもうけていた奥寺にとって、1年後の保証もないプロの世界にはいるのはリスクが大きすぎた。だが9月に再度の要請を受け、渡独を決意する。
 バイスバイラー監督は選手の長所を結び付けて強烈な個性をもったチームをつくる天才だった。当初はとまどった奥寺だったが、年が明けると左ウイングとして活躍、2冠獲得のヒーローとなった。
 その後監督が代わり力を発揮できない時期もあったが、2部のヘルタ・ベルリンを経て81年にベルダー・ブレーメンに移籍。名将レーハーゲルから守備的MFとして助けてほしいという要請を受けての移籍だった。奥寺はその期待に応え、2部から昇格したばかりのブレーメンを優勝争いの常連に押し上げた。
 いちどだけだが、ブレーメンで彼の試合を見たことがある。導入されたばかりの3-5-2システムで、彼は左のウイングバックとして豊富な運動量でスピード突破を繰り返しスタンドの地元ファンを熱狂させていた。「オク! オク!」という声援を、いまも思い出すことができる。
 公式サイトに記事が出た週末、ドルトムントに移籍したばかりの香川が最高のプレーを見せてトップニュースとなり、マインツの岡崎も2ゴールで勝利に貢献した。「歴代1位は奥寺」の評価は、ドイツでプレーする日本人選手に大きな刺激になったようだ。

(2014年9月17日) 

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